忍者ブログ
アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 今のままでは説得を受け入れないであろう小松には、作戦立てて説得を試みることにした。同時に暴力団とのトラブルの収拾、今後の赤鯨衆の資金対策までやってしまうつもりだ。
 幸いこちらの動きが小松に知れる心配はないから、しばらくは内密に進められる。問題はどうしても必要になる小松側の情報をどれだけ入手できるかにかかっている。
 小松がどの銘柄で取引しているのか、それから小松に情報を流している情報筋、小松が資金運用を任されている暴力団の割り出しは特に必須だ。
 けれどこれらを自分ひとりで突き止めるのはとてもじゃないけど無理だ。本当ならもう、日吉砦に戻っていなくてはならないのだ。天満がごまかしの連絡を入れてくれてはあるが、直江としては出来る限り怪しまれるような行動は避けたいのだ。赤鯨衆の中枢に最短で近づくために。
 仕方なく、直江はある男と連絡をとることにした。
 "黒ちゃん"こと情報屋の黒木である。
 詳しい事情は伏せたまま、知りたいことだけを簡潔に話すと、人探しより余程やりやすいと喜んで協力してくれた。そしてものの十数分で、小松が資金を扱っている暴力団の身元を、割り出してくれたのである。


「いっ、痛ぇっ!」
 襖の間から突き飛ばされるようにして入ってきたのは、昼間小松にヒロキと呼ばれていた若者だった。勢いあまって畳の上に倒れこむ。
 そこは勇栄建設という株式会社の持ちビルで、とある暴力団の事務所本部として使われている場所だった。三階の畳敷きの大広間は、今は照明がわずかしか点いておらず、真っ暗に近い。
「俺は貴士だぞ!先代の息子だぞ!こんなことが田中の親父さんに知れたらどうなるかわかってんのかよっ」
 "貴士"とはヒロシの憑依する宿体の名だ。先代の忘れ形見である貴士の事を知らない組関係者はいない。
「心配はいらん。その親父からの命令やからな」
 関西のものに近いイントネーションで、男の声がした。
 暗い部屋で、どこに男がいるのかがわからず、ヒロキはきょろきょろと周囲を見回す。
「す、須田さんっすかっ?ど、どこっすかっ」
 組の幹部である須田は、現組長の田中とともに小さい頃から貴士を非常に可愛がってくれている人物、だそうだ。もちろんヒロキにその記憶があるわけではない。人から聞いた話だ。
「なんでこんなことするんですかぁ~?どういうことですかぁ~」
 困りきった声で、甘えるように言った。きっとこれで助けてもらえる。
「それはこちらが教えてもらいたいなあ、"ヒロキ"くん」
「へ………っ?」
 "ヒロキ"の名を、何故須田が知っているのか。
 ぱっと明かりが点いて、呆けたヒロキの顔が明るく照らされた。
 部屋の上手側に須田と、随分背の高い男が立っている。その後ろには幹部連中に囲まれて、組長の田中が座っていた。
「な、なんで……」
「催眠術だかなんだか知らんが、別人にさせられたんゆうんはほんまらしいなあ。しかし術を解いてくれるゆうお方がみつかったんや。もう心配ないで、貴士くん」
 須田がそう言うと、隣にいた背の高い男が歩み出てきた。
「あんた……」
 よく見ると、昼間小松と一緒に喫茶店にいた男だ。その事が判り、ヒロキは安堵の表情を浮かべた。小松からは、この男が小松の所属する「セキゲイシュウ」の人間だと聞かされていた。ヒロキは、自分が「セキゲイシュウ」の為に働いているんだと小松から聞かされている。そしていつか「セキゲイシュウ」の正式メンバーにしてもらうこと。それが小松との約束だった。
 だから、目の前の男はどちらかといえば味方側の人間だ。ヒロキを庇いこそすれ、攻撃するはずがない。
 男はおもむろに手を合わせると指を複雑に絡め始めた。
 その妙な動きを不審そうに、けれどもまだ余裕の表情でみつめていたヒロキの表情が、次の瞬間、凍りつく。
「バイっ!」
 ビシィっと身体中の筋肉が妙な音を立てて強張り、急に身体が動かせなくなった。
「………ひぃぃっ!!」
 あわててパニック状態になる。
「な、なんなんだこれぇ………っ!!」
 身体のどんな場所に力をいれても動かない。最終的には憑依を解いて憑坐から抜け出そうと試みたが、それすら無理だった。
「のうまくさんまんだぼだなん………」
 よく響く低い声が部屋に充満する。
「まっ!まってくれ……!!」
 よくない事が起こる予感がした。得体の知れない恐怖がヒロキを襲う。
「南無刀八毘沙門天、悪鬼征伐、我に御力与え給え……!」
「ひっいいいい!!」
 目を開けていられないほどの眩しい光が男の手に急激に集まった。そして───
「《調伏》!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
 身体がどこかへ引っ張られるような感覚がして、そこでヒロキの意識は完全に途絶えた。


 大量の光を受けて倒れこんだ貴士の身体は、気を失ったまま動かない。
「しばらくすれば目を覚ます」
 全ての光が収束するのを待って、直江は言った。
「い……今のんは、ほんまに催眠術か……?」
 あまりにも不自然な現象に、さすがの男達も強面の顔が引き攣っている。
「似たようなものだ」
 直江は素っ気無く言うと、一応の確認の為に貴士の傍へ行って跪き、脈に触れた。
「いったい何が目的なんや」
 問う須田の声も若干上擦っている。
「さっきも言っただろう」
 貴士の身体に異常がないことを確認し、立ちあがった直江は男達を見回した。
「小松に恨みがあって陥れたいんだ。約束通り、催眠術は解いた。しばらくは言うとおりにしていてもらう」
 ひたすらに冷静な直江を、男達は睨みつける。
「恨みつらみだけでここまでせえへんやろ?金のためちゃうか?」
「まあ、それもある」
「………それもある?何や、その言い方は」
 明らかに答えをはぐらかしたことで、不信感を抱かせてしまったようだ。
 なんだか急に不穏な空気が漂い始めた。
「さっきの話でいくと、こっちには全く損がないやないかぁ」
 そんなのは当たり前だ。気持ちよく了承してもらう為に、わざわざそのように計画したのだから。 
「ウマい話には必ず裏があるってゆうやんか。信用でけへんわぁ」
 今更になってそんなことを言い出した須田に、直江の冷たい視線が刺さる。
「約束は反故にすると?」
「それやったら、どうする?」
 須田のその言葉で、室内に緊張が走る。
 と、

  ビシィッッ

 奇妙な音とともに、部屋の中を稲妻のようなものが走った。
 息を呑んだ男達の前で、須田の頬に血の筋が出来た。
「な、何や、今のんは……」
 直江は無表情のままで、自分がやったとも言わない。その現象がどういうものなのかの説明もない。
 それが逆に恐ろしかった。
「もうええ」
 皆が黙り込む中、一番に沈黙を破ったのは組長の田中だった。
「値切り交渉は好きやけどな、一度決まったもんを覆すんはみっともないやろ」
 ボディーガード風の若い衆を押しのけて、直江の前までやってきた。
「しかし今のんは、明らかに催眠術やないな。あのセキゲイシュウちゅう連中も妙なチカラを使うてた。それはいったい何なんや」
 こうやって探りを入れてくるあたり、さすが組のトップだけあってしたたかだ。
「知らないほうがいい」
 直江はそれだけを言って、部屋を後にした。
PR
 事がスムーズ(?)に運んだおかげで、直江は思ったよりも早く天満のアジトへと戻って来ることができた。
 空だった後部座席には、必要な機材を一式を積んでいる。取り急ぎ用意したものだから完璧とは言いがたいが、なんとかなるだろう。
 全ての準備は整った。
 後は天満の準備した金次第、のはずだったのだが。
「………これだけか」
 直江の前に差し出されたのは、菓子の空き箱にいれられた、しわくちゃの札や小銭。万札は殆どない。
 金が揃えられなかったのだ。
 期待はしていなかったが、想像以上にひどい。
「え、えらそうになんちやぁ!」
「わしらにとっちゃあ、大金じゃあ!」
 所属の隊士たちがかき集めたものらしい。
「やはりこれではいかんが?」
 天満が心配気に問うてくる。
「……………」
 もちろんこれでは無理だ。ただ直江は、計画に支障をきたすことも問題だが、それ以上に小松のいなくなった後のことが心配になってきた。
 直江が外出している間、時間はそれなりにあったはずなのに。ただ持ち合わせの金を集めることしか思いつかなかったことに、頭を抱えたくなった。
 思わず計画を改めたほうがいいかと考え込む直江の後ろで、カララと引き戸の開く音がした。
「こがな真夜中に、どがいしたんじゃ」
 天満の声に振り返ると、昼間いた老人たちがぞろぞろと部屋へ入ってきた。
 そしてある者は風呂敷に包みを、ある者は封筒を、ある者はビニール袋を無造作に机の上に置く。
「困っちょるそうやか」
「聞いたちや」
 半透明のビニール袋から透けて見えるのは、明らかに現金だ。
「今日はへそくりを持ち寄っただけやき、あした銀行が開いたらもっと持って来れゆうよ」
「もちろんやるとは言うちょらん。無利子で貸すだけじゃあ」
「……………」
 唐突な行動に天満も隊士たちも固まってしまっている。
 しばらくして、天満がやっと、
「誰に聞いちゅうがか?」
 とだけ言った。
 すると、
「わしじゃ」
と入り口のほうから声がした。
 いつも夕飯を一緒に食べる老人のうちのひとりが、海外旅行にでもいけそうなスーツケースをひっぱって現れたのだ。その老人よりも重そうなスーツケースをなんとか引っ張って天満のもとへと持ってきた老人は、躊躇いなくそのスーツケースをあけた。
 すると、中には札束がギュウギュウにつまっている。
「わしはタンス貯金派じゃ」
 さすがの直江も言葉が出なかった。
 ところが天満のほうは、何故か急に怒り出したのだ。
「いかん!こがな事ことはこたわん!」
「いや、わしも土佐の男やき、一度言うたことは譲れん!」
老人も頑固だから、一歩も引く気配がない。二人の似たような言葉の攻防が延々と続き、周囲がうんざりし始めた頃、見かねた直江が今日はもう遅いから、返事は保留にして明日また来てもらってはどうだと提案し、そういうことになった。
「ありえん!」
 老人達が引き上げた後も、天満はまだ怒ったままだ。
「少し柔軟に考えられないか」
 計画にはどうしても資金が必要なのだから。そう話すと、
「そがな作戦がうまくゆく保障はどこにもない」
と元も子もないことを言ってきた。
 むっとした直江は、
「確かに、保障はない。じゃあ計画は中止か?何か他にいい案があるのか?保障がないからって止めていいのか?」
と、天満を質問攻めにする。
「諦めるのは簡単だ。しかし、このまま小松頼りの生活を続けていて何になる?それこそ、この生活が明日も続けられる保障はどこにもない。もし本気でこの世に残って、生活し、人とかかわることでいつか目的を見つけたいというのなら、人頼みでなく自分の手でこの生活を守ってみてはどうだ」
「そう言われても出来んもんは出来ん。死人の立場では生き人のことに責任など取れんではないか」
 その言い草に、直江の眉は更につりあがった。
「今更生き死にを持ち出すのか?人とかかわり続けたいといったのはあなただ。そこに"生き人""死に人"の区別があったのか?いや、逆に一度死んでいるからこそ、生き人の助けになれることがあったはずだ」
 もちろん同じ経験をしたことのある死に人の立場にだって一緒に立てる。
「もし本気で何かを見つけたいのなら、外から眺めているだけでは駄目だ。流れる川をみているだけでは自分自身は留まったままだ。飛び込まなきゃどこにも進むことはない」
 心動かされるものから離れていては駄目だと直江は知っている。部外者でいては駄目だ。少しでも傍に歩みより、流れをともにしてこそ、己の真実に近づくことが出来る。
「人と関わりあいたいと思うのなら、人の輪の中に入り、自らも人でいなくては駄目だ」
 直江のその実感を込めた言葉が少しは伝わったのだろうか。天満の顔つきが若干変わった。
「……わかった」
 覚悟が決まったようだ。
「皆と心中する覚悟でやっちゃる。作戦を教えてくれ」


 小松の事務所にあった、何台もモニターの並ぶような立派なものではないが、似たようなものを天満の事務机の上にセッティングしながら、これからの計画を天満に話して聞かせた。
 天満はメモを書きながら聞いている。
 その他の打ち合わせも全て終えたところで、ケイタイを取り出して天満に渡した。
「東京にいた頃の知り合いから指示がくることになっている。彼の言うとおりにしていれば間違いないはずだ」
 あとは天満のタイミングで計画を終わらせてくれればいい。つまり、小松が改心するタイミングということだ。後の小松の処分に関しても、全て天満に任せることにした。追放するなり、本部に突き出すなり、好きにすればいい。
 宮本に言われていたリストの品物を車へと積み込み、直江はやっと帰途につくこととなった。
 差し出された天満の手を握り返し、別れの握手を交わす。
「なんだか世話になってしもうたのう。宮本にはちゃんと上手いこと言っておいたき、きっと労うてくれるはずじゃ」
 その"上手いこと"が多少心配ではあったが、全ての段取りを終えた達成感のおかげで直江は気分がよかった。
「それじゃあ」
 天満のアジトを後にして途中休みつつ車を飛ばし、日吉砦に着いた頃にはもう完全に明るかった。
 砦の前に車をつけると、早速宮本が飛び出してきた。
「いやーすまんかったの。疲れちょるじゃろ。ささ、風呂にでも入るとええ。いやぁ、大変じゃったらしいのう!畑を手伝わされて、筋肉痛とか。全く動けんと聞いちょったが、もう随分平気そうじゃの。現代にはええクスリがあるき、つけちょったらええ」
 宮本はわざわざ筋肉痛用の塗り薬を手渡してくれた。
 わしもこの身体に入っばかりの頃はな、といちおう現代人の直江相手に宮本の憑坐講義が始まる。
 もうちょっとマシな言い訳はなかったのだろうか。
 直江は心の中で天満に訴えた。
 まるで悪夢のようだった。
「どうすんすか、小松サン」
 何台ものモニターの前で退屈そうにしている若者達が、非難めいた視線をぶつけてくる。
「……くそっ……!」
 まるで得体の知れない怪物を相手にしているようだ。
 いつものように手に入れた情報頼りで動いていたら、急に損が嵩み始めた。多分情報そのものが、どれもおかしいのだ。そうとしか思えない。
仕方なく、己の裁量で取引を続けてみたら、ますますドツボに嵌った。自信はあったのに。今までいったい何を学んできたのだろうと思う程に、打つ手打つ手が全部裏目に出る。もうどうしていいのかも分からず、今は全ての取引から手を引いている状態だ。
 けれどこのまま何もせずにいたところで損失は埋まらない。
(どうしたらいい……っ)
 とにかくもう一度しっかりとした情報を手に入れるルートを確保しなくてはならない。もっと質のいい、ランクの高い情報を。
 しかし。
「……ヒロキのヤツはいったいどこへ行ったんだ………っ!」
 ここ数日、ヒロキとは連絡が取れていなかった。
 イラつきながらケイタイを取り出すと、リダイヤルを検索する。が、発信ボタンを押す前に、騒々しい物音が入り口のほうから聞こえてきた。
「貴士さん、まずいですよ」
 隣室でいつものように待機していた男ふたりの慌てたような声が聞こえてくる。
「ここかぁ~!?」
 乱暴にドアが開いて、入ってきたのは見覚えのある短茶髪。今まさに電話をかけようとしてた相手、ヒロキだった。
「ヒロキ……っ!お前いったいなにやってたんだっ!」
「あぁ?」
 怒鳴りつける小松にヒロキは不審な目を向ける。
「もしかして、あんたか。俺に催眠術をかけたってヤツは」
「…………あ?」
 小松は気づいてしまった。
 ヒロキの気配がどこにも感じられない。憑依が解かれてしまっている。
「どういうことだ……いったい……」
 ヒロキが勝手にいなくなる事態は想定外だった。小松は放心したまま動けない。 
「ちょっと、顔かしてよ」
 そんな小松に、貴士は何故か笑みを浮かべて言った。
「俺、やられたらやり返すがモットーだからさ。やられたまま黙ってる訳にはいかないんだよ」
 貴士がポケットから光るものを取り出す。
 それはバタフライナイフだった。
 そこで始めて小松は、自分の身に危険が迫っていることに気づいた。
 モニター前で興味深々にやりとりを眺めていた若者達が、次々と部屋から逃げ出して行く。
「あんたにわかる?身体を他人に乗っ取られた感覚。レイプされたみてーで、すっげーきもちわりいの」
「何する気だ」
「さあ、どうしよう。何して欲しい?」
 じりじりと歩み寄ってくる。
「た、貴士さん……」
 貴士の後ろに立つ二人組も、鈍く光るナイフをみて、青くなっている。
 と、そこでまた入り口の方からドアの音がした。
 おろおろしている男ふたりをかき分けるようにして、作業着姿の男が現れる。
「そこまでだ」
 天満が、小松と貴士の間に立ちはだかった。
「何だ、あんた」
「おやっさん……」
 貴士の持つナイフの切っ先が、天満に向けられる。
 しかし天満にそれを恐れる様子は無い。
「こっちが許可を出しゆうまでは、小松には手出しをせん約束じゃあなかったが?」
「そんなもん知らねーよ」
「まあいい。今しがた、この件についてはお開きとした」
「なに?」
「計画完了、おんしんとこの人間と話がついたちゅうことじゃ。さあ、出て行ってもらおうかの」
「んなもん、俺には関係ないね」
 貴士は刃を更に天満の近くへ突き出した。
「あんたの後ろで震えてるそいつを差し出さない限り、引き下がる気はねえよ」
 天満が振り返ると行きたくないとばかりに小松は首を振る。向き直った天満は自らナイフの前へ顔を近付けた。
「ならばこの小っこい刀を田中ちゅう男に向けて交渉するといい」
「………親父さんと話したのか」
「ほうじゃ。全てのことはあん人と話をして決着がついとる」
「……………」
さすがの貴士も田中には逆らえないようだ。
「行きましょう」
 男たちに促されて、仕方なく貴士は出て行った。
「これで終わりにはしないからな」
 不気味な笑みと、捨てゼリフを残して。
「ど、どういうことだ」
 すっかり怯えきった顔で説明を求める小松に、天満は事情を話した。
「おんしを穏便に排除すること。全てはそのための計画だったんじゃ」
 やはり、ここ数日小松へと流れてきた情報は統制された偽情報だったのだ。更に盗聴やクラッキングで小松の売買状況を把握し、市場の流れが小松に損を与えるよう操作し続けた。そしてその損の分を吸い上げるようにして、天満も田中たちはかなりの儲けを得られたのだ。
「なんてことを……!」
「例の組の者どもも、おんしに預けた分以上の額を取り戻しておるはずやき、文句は言うてこまい。わしはわしで当分の資金がなんとかなるくらいの金は手に入れた」
「こっちの損はどうするんだ!」
「おんしの懐に溜め込んだ金をあてがえばマイナスにはならんじゃろう。いやぁ、おんしも随分と貯めこんだのう」
 実は小松には隠し口座があることも、その残高までも解っている。
 小松はふらふらとその場に座り込んだ。
「こんなことあんたに出来るわけがないな。誰の入れ知恵だ?」
「……………」
「……橘か?」
 天満は黙って頷いた。
 くそっと小松は舌打ちをして、頭を抱え込んだ。
「そういうつもりで送り込んだんだな……っ」
 しばらくそこで激しい後悔の念に苛まれていた小松は、ふと思い出したように言った。 
「……ヒロキはどうなった」
「橘が山神の術で憑坐から追い出したと聞いた。浄化も見届けたそうだ」
「そんな………」
 これは相当ショックだったらしい。おもむろに眼鏡を外した小松は、背中を丸めてうなだれてしまった。 
「なあ。俺たち、持ちつ持たれつでうまくいってただろ……。何で壊しちまったんだ……」
「何を言うとるんじゃ。おんしはあのヤクザ者どもから相当恨みをかっていたじゃろう。トラブれば諜報班におんしがヤクザもんとつるんでたことも、金を貯めこんでたこともバレとったに決まっちょる」
 わしだってどんな処分を受けていたかわからん、と天満は自分の首を指差した。
「まあ、正直わしもうまくまわっちょると思っていたがな。まずいことはわかっちょったが、これ以外に手段はないんじゃと自分に言い訳しちょった。けどな、橘に言われて気付いた。わしは生活すること、つまり"手段"そのもの流されちょったことにな」
 椅子を持ち出してきて小松の隣に腰掛けた天満は、両の手を組んだ。小松のほうはよく解らないといった顔で聞いている。 
「前線で戦うちょる者どもと、おんしが何故上手くいかんかったか、やっと解った。目的を見据える心の熱さに温度差があったやき、馴染めんかったんじゃろ」
「………言ってる意味がわかんないよ」
 首を振る小松に天満は笑いかける。
「おんしは金を溜め込んで何がしたかったが?」
「何って………」
「どうしても叶えたい目的など、持っちょらんのだろう?そもそも、どうしてこの世に残ったが?」
 実はそのことは天満も聞いたことがなかった。小松はまだ誰にも話したことがなかったのだ。
「その時の気持ちはどうなった。忘れてしもうたがか?」
「……別に俺はこの世に未練なんてないつもりだった。いつも早く死んで楽になりたいと思ってたからな」
「ほう」
 それはつまり自殺したということか。天満が訊くと、
「いや、過労死ってやつだな」
 小松は手にした眼鏡を手持ち無沙汰でいじっている。
「まあ、つまんねー人生だったよ」
 都内の大学を出、証券会社に勤め始めた小松は、バブルの波に押され日々増えていくノルマに肉体も精神も病みきっていった。
「つらいくせに辞める勇気もなかったんだな。毎日死ぬことばかり考えてた。そんである時、疲れて帰って布団に入って、そのまま目が覚めなかったんだ」
 死因は心臓麻痺だったらしい。父親もその父親も昔から心臓が弱かったから、遺伝的なものもあったのかもしれない。
「なんでこの世に残ったのかは解らない」
 というより、死んですぐの頃には死んだことにすら気付いていなかった。
「けど、この身体を手に入れた時は、これは新しい人生をはじめるチャンスだと思ったんだよ。馬鹿な生き方しかできなかった自分がくやしくて、今度は世の中を上手く渡ってやろうと思った。楽に稼いで、いい飯食って、いいとこに住んでさ。何かを思いつめたり、苦しんだりはしたくないって」
 けれど、結局また失敗した。うつむいた小松の眼には光るものが溜まっている。
「………多分、人生って言うのはさ、絶対に満足出来ないようになってるんだよ」
「そがいなことはない」
 顔を上げた小松は、即座に否定した天満の顔をみつめた。
「わしは、不器用な生き方しかできんかったくせに、澄んだ心で死んだ者を知っちょる。同郷の者からひどい仕打ちを受け、志半ばでそれでも未練なく立派に死んだ人も知っちょる」
「……そんなの俺には無理だ」
「諦めるのは簡単じゃ」
 直江が言った言葉を天満は言った。
「でもおんしはまだ終わっちょらん。今からでも、決して遅くはない」
 力強く言った。
「おんしに才能があるのは認めちょる。今回は手段を間違えたんじゃ。まずは目的を見つけるとええ。その後、才能を生かす道を探してみたらええ」
 小松は再び首を振っている。
「どうせこのままでいたところで、浄化もできん。時間だけは限りなくある。ここで諦めたらとことん堕ちていきゆうだけじゃ」
「……なら、あんたはこれからどうするんだ?自分が中途半端だって、気付いたってことだろ。今から前線に出向いて行って、命をかけて戦いでもするのか?」
「目的がなければそがいなことをしちょっても意味がないき。しばらくは、おんしのような浄化をしたいともしたくないとも思わないような者らの居場所を作りたいと思うちょる。それから、今生きちょる人らが、自分のような中途半端な死を遂げないように、忠告できたらとも思うちょる」
「忠告?」
「ほうじゃ。わしらのようにならんために、澄んだ心で死んでゆけるように、手伝うちゃるんじゃ」
「………だからあんた、じーさんばーさんばっか相手にしてるのか」
「あん人らはわしの助けなどいらん人らやき」
 笑った後で、天満は自分に言い聞かせるように言った。
「燃えるような心がなくとも、戦わずにはいられないような衝動がなくとも、生きている限りはあがくことをやめるつもりはあらん。もしかしたらあがくことをやめないことこそが、わしにとっては生きるということなのかもしれんな」
 黙り込んだ小松を横目に見て、天満は立ち上がった。
「橘の言うように、一度死んでいるからこそわかることがあるもんじゃの」
「………橘は生き人だからそんな風に思うんだ」
「いや、あの男はわしらと一緒なのかもしれん」
 椅子を片付けながら小松に背を向けて、最後は呟くように言った。
「あがき続けている男なのかもしれん」
 あれから、数週間が過ぎた。
 直江は一条方の拠点であるパチンコ店への潜入を数日後に控え、下準備として高知市内へとやってきていた。目的はある一条方名義の株式会社で、件のパチンコ店の本社として登録されている会社だ。
 視察調査を終えて、あとは帰途につくばかり。さすがに今日は諜報班の監視の目もないようだし、久しぶりに天満に会ってみることにした。


 相変わらず地域住民で賑わうアジトへ赴くと、やはり相変わらず天満は裏の畑にいるという。
 建物の裏へ回ってみると、思わぬ客が来ていた。
 作業服姿の天満の隣に、Yシャツ姿で畑を手伝わされている小松がいたのだ。
「橘か、よく来たのう!」
 片手を挙げる天満の横で、小松は直江に向かって仁王立ちだ。
「やってくれたな、橘サン」
 今回のことは全て直江が段取りしたことを、小松は既に知っているようだ。相当恨まれているかと思いきや、案外あっさりしたものだった。
「イイ性格してるよ、あんた。ただ顔がイイだけじゃあなかったんだな」
 怒っているどころか上機嫌のように見える。
 実は、この男もただでは転ばなかったのだ。
 なんとその後、小松は赤鯨衆の名使わない全くの別組織として、投資事業組合を立ち上げた。
 福祉施設を買い上げ、天満を最高経営者として出資を募り、集めた金を小松の手で運営し、儲けで施設を経営する。運用型福祉ファンドというべきものだ。天満が年寄りからお金を集めたことがヒントになったらしい。立ち上げ後すぐ、経営難の教育施設、医療機関などからコンタクトがあり、今はそれらも傘下に加わえることを検討中だという。
 現在、日本の総貯蓄額は軽く一千兆円を超える。しかし、その殆どが投資などにまわされることは無く、動くことのないその金を皮肉って「不動産」などと呼ぶ人もあるそうだ。それらを小松は利潤などの利点でなく、天満の人柄で引き出すことを考えたのだ。
 赤鯨衆はあくまでも出資先のひとつとして扱うこととした。もちろん、経営上の建前としての話で、裏では密接に繋がっている。更に小松は赤鯨衆諜報班の人間を説得し、経済情報も集めさせることに成功した。今はその情報を元に資金を運用している。中には違法な情報もあるようだが、情報の収集方法が特殊だからいざ犯罪の立証となるとむずかしいだろう。
「うまくいっているようだな」
 小松の表情が依然とはまるで違う。そこには確かな充実感があった。
「まあ、ね」
 と、近くの木の枝に引っ掛けてあった小松のスーツの上着から、携帯の着信音が鳴り始めた。
「おっと」
 小松は慌てて取りに行き、その電話に出た。
「結局、切れなかったんだな」
 残された直江は、天満に言った。
 直江の計画では、小松は追放もしくは諜報班に引渡しというシナリオになっていたのだが、天満には出来なかったようだ。
「武市さんのようにはなれん」
 その言葉に込められた複雑な想いに、直江はただ黙るしかなかった。
 それは武市のように正道を貫く生き方が出来ないという言う意味か、それとも仲間を裏切るようなことは出来ないという意味か。
 どちらにしても結果的には切らずにおいて成功したのだから、あまり深く考えないようにしよう、などと考えていると、天満が何気なく言った。
「おんしのことも切らん。たとえ換生者だとしてもな」
 とっさには声がでなかった。
「何故、山神の神官などと名乗っているのか、どうやって例のヤクザ者の息子に憑いてた霊を消し去ったのか、疑問は山ほどあるがの」
 天満は直江の方をみて、ニヤリと笑った。
「………何の話だ?」
「もう、隠さんでええ」
 そんな様子は微塵もみせなかったから、すっかり油断していたが、天満の霊査能力が秀でているという話は真実だったのだ。
「気付いていたのなら何故言わなかった?試したのか」
「まあ、そがいなところじゃ。いちおう、合格としちょこう。しばらく様子を見ちょっても、赤鯨衆にたてつく様なことはしちょらんようだしの。それどころかおんしはそこらの者よりよっぽど赤鯨衆を理解しちょるき、このことは誰にも言わんつもりじゃ」
「……………」
 理解はしていても、同調しているわけではない。
 なんだかいたたまれなくなって、
「……この先はどうするかわからないぞ」
と、自分の不利になるような馬鹿げたことを思わず口走ってしまう。
 けれど天満はそれを笑い飛ばした。
「わはは、そうしたくなったらいつでも相談に来い!」
 いいカタチで決着がついたと思っていたのに、最後の最後でこれか。
「さて、今日こそ手伝うてもらうからの」
 天満に鍬を渡されて、直江はまたしても深いため息をついた。


 この段階で赤鯨衆の資金調達部門だけを別組織としたこと、その組織が(表向き)合法的であったこと、何より安定した資金獲得の方法を確立できたことは、後の赤鯨衆にとっても大きな意味があった。
 この後すぐに敵方をも受け入れる赤鯨衆の精神が知れ渡ることとなり、爆発的に隊士数が増加することとなるが、対応できるだけの現金をすぐに用意できたし、数年後「セキゲイ宗」としてマスコミの非難を浴びた際も、もし以前のような資金集めを行っていたとしたら犯罪集団としても責められていただろうが、そうはならずに済んだ。同時に、「セキゲイ宗」とは別組織としていたことにより、風聞に関係なく安定した資金を確保することもできた。
 他にも、天満と地元住民との交流の経験は、大転換後の復興支援や遍路道上の各寺社や周辺住民への理解を得る際にもずいぶん役立ったという。
 つまり直江を始め天満や小松は、誰も気付くことのなかった、資金源の問題や組織としての合法性・社会性という、言うなれば赤鯨衆の脆弱性の強化を、わずかな人数と期間でやってのけたといえる。
 ところが未だにその働きは誰の目にもとまることなく、いわば未知なる功績として埋もれたままなのである。



  □ 終わり □
back≪≪    ≫≫next
連載Index

アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit

01         更新日2009年09月04日
02         更新日2009年09月11日
03  04      更新日2009年09月18日
05  06  07  更新日2009年09月25日
08  09  10  更新日2009年10月3日
11  12      更新日2009年10月9日
13  14  15  更新日2009年10月16日
        










 忍者ブログ [PR]