アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
事がスムーズ(?)に運んだおかげで、直江は思ったよりも早く天満のアジトへと戻って来ることができた。
空だった後部座席には、必要な機材を一式を積んでいる。取り急ぎ用意したものだから完璧とは言いがたいが、なんとかなるだろう。
全ての準備は整った。
後は天満の準備した金次第、のはずだったのだが。
「………これだけか」
直江の前に差し出されたのは、菓子の空き箱にいれられた、しわくちゃの札や小銭。万札は殆どない。
金が揃えられなかったのだ。
期待はしていなかったが、想像以上にひどい。
「え、えらそうになんちやぁ!」
「わしらにとっちゃあ、大金じゃあ!」
所属の隊士たちがかき集めたものらしい。
「やはりこれではいかんが?」
天満が心配気に問うてくる。
「……………」
もちろんこれでは無理だ。ただ直江は、計画に支障をきたすことも問題だが、それ以上に小松のいなくなった後のことが心配になってきた。
直江が外出している間、時間はそれなりにあったはずなのに。ただ持ち合わせの金を集めることしか思いつかなかったことに、頭を抱えたくなった。
思わず計画を改めたほうがいいかと考え込む直江の後ろで、カララと引き戸の開く音がした。
「こがな真夜中に、どがいしたんじゃ」
天満の声に振り返ると、昼間いた老人たちがぞろぞろと部屋へ入ってきた。
そしてある者は風呂敷に包みを、ある者は封筒を、ある者はビニール袋を無造作に机の上に置く。
「困っちょるそうやか」
「聞いたちや」
半透明のビニール袋から透けて見えるのは、明らかに現金だ。
「今日はへそくりを持ち寄っただけやき、あした銀行が開いたらもっと持って来れゆうよ」
「もちろんやるとは言うちょらん。無利子で貸すだけじゃあ」
「……………」
唐突な行動に天満も隊士たちも固まってしまっている。
しばらくして、天満がやっと、
「誰に聞いちゅうがか?」
とだけ言った。
すると、
「わしじゃ」
と入り口のほうから声がした。
いつも夕飯を一緒に食べる老人のうちのひとりが、海外旅行にでもいけそうなスーツケースをひっぱって現れたのだ。その老人よりも重そうなスーツケースをなんとか引っ張って天満のもとへと持ってきた老人は、躊躇いなくそのスーツケースをあけた。
すると、中には札束がギュウギュウにつまっている。
「わしはタンス貯金派じゃ」
さすがの直江も言葉が出なかった。
ところが天満のほうは、何故か急に怒り出したのだ。
「いかん!こがな事ことはこたわん!」
「いや、わしも土佐の男やき、一度言うたことは譲れん!」
老人も頑固だから、一歩も引く気配がない。二人の似たような言葉の攻防が延々と続き、周囲がうんざりし始めた頃、見かねた直江が今日はもう遅いから、返事は保留にして明日また来てもらってはどうだと提案し、そういうことになった。
「ありえん!」
老人達が引き上げた後も、天満はまだ怒ったままだ。
「少し柔軟に考えられないか」
計画にはどうしても資金が必要なのだから。そう話すと、
「そがな作戦がうまくゆく保障はどこにもない」
と元も子もないことを言ってきた。
むっとした直江は、
「確かに、保障はない。じゃあ計画は中止か?何か他にいい案があるのか?保障がないからって止めていいのか?」
と、天満を質問攻めにする。
「諦めるのは簡単だ。しかし、このまま小松頼りの生活を続けていて何になる?それこそ、この生活が明日も続けられる保障はどこにもない。もし本気でこの世に残って、生活し、人とかかわることでいつか目的を見つけたいというのなら、人頼みでなく自分の手でこの生活を守ってみてはどうだ」
「そう言われても出来んもんは出来ん。死人の立場では生き人のことに責任など取れんではないか」
その言い草に、直江の眉は更につりあがった。
「今更生き死にを持ち出すのか?人とかかわり続けたいといったのはあなただ。そこに"生き人""死に人"の区別があったのか?いや、逆に一度死んでいるからこそ、生き人の助けになれることがあったはずだ」
もちろん同じ経験をしたことのある死に人の立場にだって一緒に立てる。
「もし本気で何かを見つけたいのなら、外から眺めているだけでは駄目だ。流れる川をみているだけでは自分自身は留まったままだ。飛び込まなきゃどこにも進むことはない」
心動かされるものから離れていては駄目だと直江は知っている。部外者でいては駄目だ。少しでも傍に歩みより、流れをともにしてこそ、己の真実に近づくことが出来る。
「人と関わりあいたいと思うのなら、人の輪の中に入り、自らも人でいなくては駄目だ」
直江のその実感を込めた言葉が少しは伝わったのだろうか。天満の顔つきが若干変わった。
「……わかった」
覚悟が決まったようだ。
「皆と心中する覚悟でやっちゃる。作戦を教えてくれ」
小松の事務所にあった、何台もモニターの並ぶような立派なものではないが、似たようなものを天満の事務机の上にセッティングしながら、これからの計画を天満に話して聞かせた。
天満はメモを書きながら聞いている。
その他の打ち合わせも全て終えたところで、ケイタイを取り出して天満に渡した。
「東京にいた頃の知り合いから指示がくることになっている。彼の言うとおりにしていれば間違いないはずだ」
あとは天満のタイミングで計画を終わらせてくれればいい。つまり、小松が改心するタイミングということだ。後の小松の処分に関しても、全て天満に任せることにした。追放するなり、本部に突き出すなり、好きにすればいい。
宮本に言われていたリストの品物を車へと積み込み、直江はやっと帰途につくこととなった。
差し出された天満の手を握り返し、別れの握手を交わす。
「なんだか世話になってしもうたのう。宮本にはちゃんと上手いこと言っておいたき、きっと労うてくれるはずじゃ」
その"上手いこと"が多少心配ではあったが、全ての段取りを終えた達成感のおかげで直江は気分がよかった。
「それじゃあ」
天満のアジトを後にして途中休みつつ車を飛ばし、日吉砦に着いた頃にはもう完全に明るかった。
砦の前に車をつけると、早速宮本が飛び出してきた。
「いやーすまんかったの。疲れちょるじゃろ。ささ、風呂にでも入るとええ。いやぁ、大変じゃったらしいのう!畑を手伝わされて、筋肉痛とか。全く動けんと聞いちょったが、もう随分平気そうじゃの。現代にはええクスリがあるき、つけちょったらええ」
宮本はわざわざ筋肉痛用の塗り薬を手渡してくれた。
わしもこの身体に入っばかりの頃はな、といちおう現代人の直江相手に宮本の憑坐講義が始まる。
もうちょっとマシな言い訳はなかったのだろうか。
直江は心の中で天満に訴えた。
空だった後部座席には、必要な機材を一式を積んでいる。取り急ぎ用意したものだから完璧とは言いがたいが、なんとかなるだろう。
全ての準備は整った。
後は天満の準備した金次第、のはずだったのだが。
「………これだけか」
直江の前に差し出されたのは、菓子の空き箱にいれられた、しわくちゃの札や小銭。万札は殆どない。
金が揃えられなかったのだ。
期待はしていなかったが、想像以上にひどい。
「え、えらそうになんちやぁ!」
「わしらにとっちゃあ、大金じゃあ!」
所属の隊士たちがかき集めたものらしい。
「やはりこれではいかんが?」
天満が心配気に問うてくる。
「……………」
もちろんこれでは無理だ。ただ直江は、計画に支障をきたすことも問題だが、それ以上に小松のいなくなった後のことが心配になってきた。
直江が外出している間、時間はそれなりにあったはずなのに。ただ持ち合わせの金を集めることしか思いつかなかったことに、頭を抱えたくなった。
思わず計画を改めたほうがいいかと考え込む直江の後ろで、カララと引き戸の開く音がした。
「こがな真夜中に、どがいしたんじゃ」
天満の声に振り返ると、昼間いた老人たちがぞろぞろと部屋へ入ってきた。
そしてある者は風呂敷に包みを、ある者は封筒を、ある者はビニール袋を無造作に机の上に置く。
「困っちょるそうやか」
「聞いたちや」
半透明のビニール袋から透けて見えるのは、明らかに現金だ。
「今日はへそくりを持ち寄っただけやき、あした銀行が開いたらもっと持って来れゆうよ」
「もちろんやるとは言うちょらん。無利子で貸すだけじゃあ」
「……………」
唐突な行動に天満も隊士たちも固まってしまっている。
しばらくして、天満がやっと、
「誰に聞いちゅうがか?」
とだけ言った。
すると、
「わしじゃ」
と入り口のほうから声がした。
いつも夕飯を一緒に食べる老人のうちのひとりが、海外旅行にでもいけそうなスーツケースをひっぱって現れたのだ。その老人よりも重そうなスーツケースをなんとか引っ張って天満のもとへと持ってきた老人は、躊躇いなくそのスーツケースをあけた。
すると、中には札束がギュウギュウにつまっている。
「わしはタンス貯金派じゃ」
さすがの直江も言葉が出なかった。
ところが天満のほうは、何故か急に怒り出したのだ。
「いかん!こがな事ことはこたわん!」
「いや、わしも土佐の男やき、一度言うたことは譲れん!」
老人も頑固だから、一歩も引く気配がない。二人の似たような言葉の攻防が延々と続き、周囲がうんざりし始めた頃、見かねた直江が今日はもう遅いから、返事は保留にして明日また来てもらってはどうだと提案し、そういうことになった。
「ありえん!」
老人達が引き上げた後も、天満はまだ怒ったままだ。
「少し柔軟に考えられないか」
計画にはどうしても資金が必要なのだから。そう話すと、
「そがな作戦がうまくゆく保障はどこにもない」
と元も子もないことを言ってきた。
むっとした直江は、
「確かに、保障はない。じゃあ計画は中止か?何か他にいい案があるのか?保障がないからって止めていいのか?」
と、天満を質問攻めにする。
「諦めるのは簡単だ。しかし、このまま小松頼りの生活を続けていて何になる?それこそ、この生活が明日も続けられる保障はどこにもない。もし本気でこの世に残って、生活し、人とかかわることでいつか目的を見つけたいというのなら、人頼みでなく自分の手でこの生活を守ってみてはどうだ」
「そう言われても出来んもんは出来ん。死人の立場では生き人のことに責任など取れんではないか」
その言い草に、直江の眉は更につりあがった。
「今更生き死にを持ち出すのか?人とかかわり続けたいといったのはあなただ。そこに"生き人""死に人"の区別があったのか?いや、逆に一度死んでいるからこそ、生き人の助けになれることがあったはずだ」
もちろん同じ経験をしたことのある死に人の立場にだって一緒に立てる。
「もし本気で何かを見つけたいのなら、外から眺めているだけでは駄目だ。流れる川をみているだけでは自分自身は留まったままだ。飛び込まなきゃどこにも進むことはない」
心動かされるものから離れていては駄目だと直江は知っている。部外者でいては駄目だ。少しでも傍に歩みより、流れをともにしてこそ、己の真実に近づくことが出来る。
「人と関わりあいたいと思うのなら、人の輪の中に入り、自らも人でいなくては駄目だ」
直江のその実感を込めた言葉が少しは伝わったのだろうか。天満の顔つきが若干変わった。
「……わかった」
覚悟が決まったようだ。
「皆と心中する覚悟でやっちゃる。作戦を教えてくれ」
小松の事務所にあった、何台もモニターの並ぶような立派なものではないが、似たようなものを天満の事務机の上にセッティングしながら、これからの計画を天満に話して聞かせた。
天満はメモを書きながら聞いている。
その他の打ち合わせも全て終えたところで、ケイタイを取り出して天満に渡した。
「東京にいた頃の知り合いから指示がくることになっている。彼の言うとおりにしていれば間違いないはずだ」
あとは天満のタイミングで計画を終わらせてくれればいい。つまり、小松が改心するタイミングということだ。後の小松の処分に関しても、全て天満に任せることにした。追放するなり、本部に突き出すなり、好きにすればいい。
宮本に言われていたリストの品物を車へと積み込み、直江はやっと帰途につくこととなった。
差し出された天満の手を握り返し、別れの握手を交わす。
「なんだか世話になってしもうたのう。宮本にはちゃんと上手いこと言っておいたき、きっと労うてくれるはずじゃ」
その"上手いこと"が多少心配ではあったが、全ての段取りを終えた達成感のおかげで直江は気分がよかった。
「それじゃあ」
天満のアジトを後にして途中休みつつ車を飛ばし、日吉砦に着いた頃にはもう完全に明るかった。
砦の前に車をつけると、早速宮本が飛び出してきた。
「いやーすまんかったの。疲れちょるじゃろ。ささ、風呂にでも入るとええ。いやぁ、大変じゃったらしいのう!畑を手伝わされて、筋肉痛とか。全く動けんと聞いちょったが、もう随分平気そうじゃの。現代にはええクスリがあるき、つけちょったらええ」
宮本はわざわざ筋肉痛用の塗り薬を手渡してくれた。
わしもこの身体に入っばかりの頃はな、といちおう現代人の直江相手に宮本の憑坐講義が始まる。
もうちょっとマシな言い訳はなかったのだろうか。
直江は心の中で天満に訴えた。
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