アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
あれから、数週間が過ぎた。
直江は一条方の拠点であるパチンコ店への潜入を数日後に控え、下準備として高知市内へとやってきていた。目的はある一条方名義の株式会社で、件のパチンコ店の本社として登録されている会社だ。
視察調査を終えて、あとは帰途につくばかり。さすがに今日は諜報班の監視の目もないようだし、久しぶりに天満に会ってみることにした。
相変わらず地域住民で賑わうアジトへ赴くと、やはり相変わらず天満は裏の畑にいるという。
建物の裏へ回ってみると、思わぬ客が来ていた。
作業服姿の天満の隣に、Yシャツ姿で畑を手伝わされている小松がいたのだ。
「橘か、よく来たのう!」
片手を挙げる天満の横で、小松は直江に向かって仁王立ちだ。
「やってくれたな、橘サン」
今回のことは全て直江が段取りしたことを、小松は既に知っているようだ。相当恨まれているかと思いきや、案外あっさりしたものだった。
「イイ性格してるよ、あんた。ただ顔がイイだけじゃあなかったんだな」
怒っているどころか上機嫌のように見える。
実は、この男もただでは転ばなかったのだ。
なんとその後、小松は赤鯨衆の名使わない全くの別組織として、投資事業組合を立ち上げた。
福祉施設を買い上げ、天満を最高経営者として出資を募り、集めた金を小松の手で運営し、儲けで施設を経営する。運用型福祉ファンドというべきものだ。天満が年寄りからお金を集めたことがヒントになったらしい。立ち上げ後すぐ、経営難の教育施設、医療機関などからコンタクトがあり、今はそれらも傘下に加わえることを検討中だという。
現在、日本の総貯蓄額は軽く一千兆円を超える。しかし、その殆どが投資などにまわされることは無く、動くことのないその金を皮肉って「不動産」などと呼ぶ人もあるそうだ。それらを小松は利潤などの利点でなく、天満の人柄で引き出すことを考えたのだ。
赤鯨衆はあくまでも出資先のひとつとして扱うこととした。もちろん、経営上の建前としての話で、裏では密接に繋がっている。更に小松は赤鯨衆諜報班の人間を説得し、経済情報も集めさせることに成功した。今はその情報を元に資金を運用している。中には違法な情報もあるようだが、情報の収集方法が特殊だからいざ犯罪の立証となるとむずかしいだろう。
「うまくいっているようだな」
小松の表情が依然とはまるで違う。そこには確かな充実感があった。
「まあ、ね」
と、近くの木の枝に引っ掛けてあった小松のスーツの上着から、携帯の着信音が鳴り始めた。
「おっと」
小松は慌てて取りに行き、その電話に出た。
「結局、切れなかったんだな」
残された直江は、天満に言った。
直江の計画では、小松は追放もしくは諜報班に引渡しというシナリオになっていたのだが、天満には出来なかったようだ。
「武市さんのようにはなれん」
その言葉に込められた複雑な想いに、直江はただ黙るしかなかった。
それは武市のように正道を貫く生き方が出来ないという言う意味か、それとも仲間を裏切るようなことは出来ないという意味か。
どちらにしても結果的には切らずにおいて成功したのだから、あまり深く考えないようにしよう、などと考えていると、天満が何気なく言った。
「おんしのことも切らん。たとえ換生者だとしてもな」
とっさには声がでなかった。
「何故、山神の神官などと名乗っているのか、どうやって例のヤクザ者の息子に憑いてた霊を消し去ったのか、疑問は山ほどあるがの」
天満は直江の方をみて、ニヤリと笑った。
「………何の話だ?」
「もう、隠さんでええ」
そんな様子は微塵もみせなかったから、すっかり油断していたが、天満の霊査能力が秀でているという話は真実だったのだ。
「気付いていたのなら何故言わなかった?試したのか」
「まあ、そがいなところじゃ。いちおう、合格としちょこう。しばらく様子を見ちょっても、赤鯨衆にたてつく様なことはしちょらんようだしの。それどころかおんしはそこらの者よりよっぽど赤鯨衆を理解しちょるき、このことは誰にも言わんつもりじゃ」
「……………」
理解はしていても、同調しているわけではない。
なんだかいたたまれなくなって、
「……この先はどうするかわからないぞ」
と、自分の不利になるような馬鹿げたことを思わず口走ってしまう。
けれど天満はそれを笑い飛ばした。
「わはは、そうしたくなったらいつでも相談に来い!」
いいカタチで決着がついたと思っていたのに、最後の最後でこれか。
「さて、今日こそ手伝うてもらうからの」
天満に鍬を渡されて、直江はまたしても深いため息をついた。
この段階で赤鯨衆の資金調達部門だけを別組織としたこと、その組織が(表向き)合法的であったこと、何より安定した資金獲得の方法を確立できたことは、後の赤鯨衆にとっても大きな意味があった。
この後すぐに敵方をも受け入れる赤鯨衆の精神が知れ渡ることとなり、爆発的に隊士数が増加することとなるが、対応できるだけの現金をすぐに用意できたし、数年後「セキゲイ宗」としてマスコミの非難を浴びた際も、もし以前のような資金集めを行っていたとしたら犯罪集団としても責められていただろうが、そうはならずに済んだ。同時に、「セキゲイ宗」とは別組織としていたことにより、風聞に関係なく安定した資金を確保することもできた。
他にも、天満と地元住民との交流の経験は、大転換後の復興支援や遍路道上の各寺社や周辺住民への理解を得る際にもずいぶん役立ったという。
つまり直江を始め天満や小松は、誰も気付くことのなかった、資金源の問題や組織としての合法性・社会性という、言うなれば赤鯨衆の脆弱性の強化を、わずかな人数と期間でやってのけたといえる。
ところが未だにその働きは誰の目にもとまることなく、いわば未知なる功績として埋もれたままなのである。
□ 終わり □
直江は一条方の拠点であるパチンコ店への潜入を数日後に控え、下準備として高知市内へとやってきていた。目的はある一条方名義の株式会社で、件のパチンコ店の本社として登録されている会社だ。
視察調査を終えて、あとは帰途につくばかり。さすがに今日は諜報班の監視の目もないようだし、久しぶりに天満に会ってみることにした。
相変わらず地域住民で賑わうアジトへ赴くと、やはり相変わらず天満は裏の畑にいるという。
建物の裏へ回ってみると、思わぬ客が来ていた。
作業服姿の天満の隣に、Yシャツ姿で畑を手伝わされている小松がいたのだ。
「橘か、よく来たのう!」
片手を挙げる天満の横で、小松は直江に向かって仁王立ちだ。
「やってくれたな、橘サン」
今回のことは全て直江が段取りしたことを、小松は既に知っているようだ。相当恨まれているかと思いきや、案外あっさりしたものだった。
「イイ性格してるよ、あんた。ただ顔がイイだけじゃあなかったんだな」
怒っているどころか上機嫌のように見える。
実は、この男もただでは転ばなかったのだ。
なんとその後、小松は赤鯨衆の名使わない全くの別組織として、投資事業組合を立ち上げた。
福祉施設を買い上げ、天満を最高経営者として出資を募り、集めた金を小松の手で運営し、儲けで施設を経営する。運用型福祉ファンドというべきものだ。天満が年寄りからお金を集めたことがヒントになったらしい。立ち上げ後すぐ、経営難の教育施設、医療機関などからコンタクトがあり、今はそれらも傘下に加わえることを検討中だという。
現在、日本の総貯蓄額は軽く一千兆円を超える。しかし、その殆どが投資などにまわされることは無く、動くことのないその金を皮肉って「不動産」などと呼ぶ人もあるそうだ。それらを小松は利潤などの利点でなく、天満の人柄で引き出すことを考えたのだ。
赤鯨衆はあくまでも出資先のひとつとして扱うこととした。もちろん、経営上の建前としての話で、裏では密接に繋がっている。更に小松は赤鯨衆諜報班の人間を説得し、経済情報も集めさせることに成功した。今はその情報を元に資金を運用している。中には違法な情報もあるようだが、情報の収集方法が特殊だからいざ犯罪の立証となるとむずかしいだろう。
「うまくいっているようだな」
小松の表情が依然とはまるで違う。そこには確かな充実感があった。
「まあ、ね」
と、近くの木の枝に引っ掛けてあった小松のスーツの上着から、携帯の着信音が鳴り始めた。
「おっと」
小松は慌てて取りに行き、その電話に出た。
「結局、切れなかったんだな」
残された直江は、天満に言った。
直江の計画では、小松は追放もしくは諜報班に引渡しというシナリオになっていたのだが、天満には出来なかったようだ。
「武市さんのようにはなれん」
その言葉に込められた複雑な想いに、直江はただ黙るしかなかった。
それは武市のように正道を貫く生き方が出来ないという言う意味か、それとも仲間を裏切るようなことは出来ないという意味か。
どちらにしても結果的には切らずにおいて成功したのだから、あまり深く考えないようにしよう、などと考えていると、天満が何気なく言った。
「おんしのことも切らん。たとえ換生者だとしてもな」
とっさには声がでなかった。
「何故、山神の神官などと名乗っているのか、どうやって例のヤクザ者の息子に憑いてた霊を消し去ったのか、疑問は山ほどあるがの」
天満は直江の方をみて、ニヤリと笑った。
「………何の話だ?」
「もう、隠さんでええ」
そんな様子は微塵もみせなかったから、すっかり油断していたが、天満の霊査能力が秀でているという話は真実だったのだ。
「気付いていたのなら何故言わなかった?試したのか」
「まあ、そがいなところじゃ。いちおう、合格としちょこう。しばらく様子を見ちょっても、赤鯨衆にたてつく様なことはしちょらんようだしの。それどころかおんしはそこらの者よりよっぽど赤鯨衆を理解しちょるき、このことは誰にも言わんつもりじゃ」
「……………」
理解はしていても、同調しているわけではない。
なんだかいたたまれなくなって、
「……この先はどうするかわからないぞ」
と、自分の不利になるような馬鹿げたことを思わず口走ってしまう。
けれど天満はそれを笑い飛ばした。
「わはは、そうしたくなったらいつでも相談に来い!」
いいカタチで決着がついたと思っていたのに、最後の最後でこれか。
「さて、今日こそ手伝うてもらうからの」
天満に鍬を渡されて、直江はまたしても深いため息をついた。
この段階で赤鯨衆の資金調達部門だけを別組織としたこと、その組織が(表向き)合法的であったこと、何より安定した資金獲得の方法を確立できたことは、後の赤鯨衆にとっても大きな意味があった。
この後すぐに敵方をも受け入れる赤鯨衆の精神が知れ渡ることとなり、爆発的に隊士数が増加することとなるが、対応できるだけの現金をすぐに用意できたし、数年後「セキゲイ宗」としてマスコミの非難を浴びた際も、もし以前のような資金集めを行っていたとしたら犯罪集団としても責められていただろうが、そうはならずに済んだ。同時に、「セキゲイ宗」とは別組織としていたことにより、風聞に関係なく安定した資金を確保することもできた。
他にも、天満と地元住民との交流の経験は、大転換後の復興支援や遍路道上の各寺社や周辺住民への理解を得る際にもずいぶん役立ったという。
つまり直江を始め天満や小松は、誰も気付くことのなかった、資金源の問題や組織としての合法性・社会性という、言うなれば赤鯨衆の脆弱性の強化を、わずかな人数と期間でやってのけたといえる。
ところが未だにその働きは誰の目にもとまることなく、いわば未知なる功績として埋もれたままなのである。
□ 終わり □
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