アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
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彼の人は去っていった
この胸を締めつけるような言葉を残して
自分は未だに探し続けている
たぶん己という存在そのものを
彼の人との再びの出会いまで
このどうにもならない感情を抱え
足掻き続けよう
もしかするとそのことこそが
求めている答えとなるかもしれない
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新入りは皆、諜報班の聞き取り調査を受けて初めて隊士として認められるのだと、日吉砦長代理の宮本は言った。
それが済むまでは戦闘に加わることはおろか、施設内での行動まで制限される。スパイ対策なのだという。
驚いたことに主戦力となる隊士達の得意分野や戦績などは全て記録しているのだそうだ。以外にしっかりと情報管理が行われている。機密情報などもきちんとデータ化されてセキュリティがかけられていることも確認済みだ。これは高耶の情報を集めるのも簡単にはいかないかもしれないと、直江は思い始めていた。
しかも、諜報班が直江の為に人を寄越すのにあと数日かかるという。ならばその間、いったい何をすればとイラつき始めていたのだが───
「高知市内まで?」
「ほれ、こいつが車の鍵やき」
宮本は簡単に言ってのけた。
「主に資金や物資の調達をやっちょる天満(てんま)ちゅうのがおるき、コレを受け取って戻ってくりゃあええ」
と、なにやらリストのようなものを渡された。
経理や財務管理など、資金繰りの中枢本部は浦戸のアジトにあるらしいのだが、市街地等で実際に資金稼ぎをしている隊士たちの拠点が市内にあるのだそうだ。
「どうしても必要なもんやきに、急いで持ってきてもらわにゃあならん。が、見ての通り今は人手不足でな」
日吉砦内は今、敵方の輸送車強奪作戦を明後日に控え、かなりバタバタしている。
「おんしはまだ正式な隊士にはなっちょらん。だから作戦には参加させられんが、これくらいは手伝うちょくれ」
宮田はそういった後、声と共に身まで低くして続けた。
「だが、あくまでも内密に頼むぞ。岩田さんにもじゃ」
やはり聞き取り調査前では規則違反になるらしい。確かにこれではせっかくの情報管理が意味をなさない。どうやら組織も大きくなると、中々末端まで統率を取るのは難しいようだ。が、直江には関係がない。
「わかった。引き受けよう」
すまんの、と宮田は掌を顔の前で立てると、頭を下げた。
「本来なら神官殿に頼むような仕事ではないんじゃがの」
任務とはとても呼べないような雑務だ。前線とは逆のほうへいくのだから高耶もいない。
相当ストレスを感じたが、新入りでもあることだし仕方が無い。ここはおとなしく従っておこうと思い、車に乗り込んだ。
いざ出発してみれば、砦に来てからずっと気を詰めていたせいか、ひとりで車を運転するのが気分転換になってよかった。
だが、資金調達の本部ともなれば、いわば裏方部門の中枢だ。
そんなところに新入りを寄越していいものなのだろうか。
スパイだったらどうする?現代人だと油断しているのか。敵が現代人を懐柔して送り込む可能性だってあるだろうに。
そこは、ビックネームではない雑霊集団のノウハウの弱さなのかもしれない。
ある程度の規模の組織において、資金源というものは致命的な問題となりうる。
闇戦国の規模が大きくなるにつれ、怨将の現金獲得方法も手が込むようになっていた。
資金源を叩くことは、活動の足止めという意味でも一番手っ取り早く効果的だ。
実際、闇戦国関係で動いている金銭の額は想像もつかない。
とはいえ合法的な資金源を確保できているのは怨将でもわずかだ。上杉は400年のキャリアがあるからそこらへんのノウハウは一番しっかりしている。続いて織田、武田だろうか。
赤鯨衆に関する情報は一蔵から出来る限り引き出していた。
特に金が何よりも好きな一蔵は、資金源に関しては事細かに覚えていた。さすが持ち逃げをしたというだけはある。
聞きながらまず、その手段を選ばない現金獲得手段に驚いた。思いつきでやっているのではないかというほどに行き当たりばったりでハチャメチャだ。"搾取する側から盗る"という幹部陣の意向さえ守っていれば何でもアリだったらしい。直江からしてみればとても考えられないようなものだった。
生き人との無用なトラブルは避けるようにしていたと一蔵は言っていたが、"搾取する側"との小競り合いは少なく無かったらしい。それこそが、肉体を持ち"暮らす"ことの代表的な弊害のひとつであるのだが。
もちろんその話は一蔵がいた当時のものだから、今でも同じとは限らない。が、今向かっている拠点は一蔵から聞いた赤鯨衆結成当時のアジトに近い。古くから在るアジトのひとつかもしれない。
何か重要な情報が得られるかもしれないというわずかな期待が、直江を休みなしで走らせた。
それが済むまでは戦闘に加わることはおろか、施設内での行動まで制限される。スパイ対策なのだという。
驚いたことに主戦力となる隊士達の得意分野や戦績などは全て記録しているのだそうだ。以外にしっかりと情報管理が行われている。機密情報などもきちんとデータ化されてセキュリティがかけられていることも確認済みだ。これは高耶の情報を集めるのも簡単にはいかないかもしれないと、直江は思い始めていた。
しかも、諜報班が直江の為に人を寄越すのにあと数日かかるという。ならばその間、いったい何をすればとイラつき始めていたのだが───
「高知市内まで?」
「ほれ、こいつが車の鍵やき」
宮本は簡単に言ってのけた。
「主に資金や物資の調達をやっちょる天満(てんま)ちゅうのがおるき、コレを受け取って戻ってくりゃあええ」
と、なにやらリストのようなものを渡された。
経理や財務管理など、資金繰りの中枢本部は浦戸のアジトにあるらしいのだが、市街地等で実際に資金稼ぎをしている隊士たちの拠点が市内にあるのだそうだ。
「どうしても必要なもんやきに、急いで持ってきてもらわにゃあならん。が、見ての通り今は人手不足でな」
日吉砦内は今、敵方の輸送車強奪作戦を明後日に控え、かなりバタバタしている。
「おんしはまだ正式な隊士にはなっちょらん。だから作戦には参加させられんが、これくらいは手伝うちょくれ」
宮田はそういった後、声と共に身まで低くして続けた。
「だが、あくまでも内密に頼むぞ。岩田さんにもじゃ」
やはり聞き取り調査前では規則違反になるらしい。確かにこれではせっかくの情報管理が意味をなさない。どうやら組織も大きくなると、中々末端まで統率を取るのは難しいようだ。が、直江には関係がない。
「わかった。引き受けよう」
すまんの、と宮田は掌を顔の前で立てると、頭を下げた。
「本来なら神官殿に頼むような仕事ではないんじゃがの」
任務とはとても呼べないような雑務だ。前線とは逆のほうへいくのだから高耶もいない。
相当ストレスを感じたが、新入りでもあることだし仕方が無い。ここはおとなしく従っておこうと思い、車に乗り込んだ。
いざ出発してみれば、砦に来てからずっと気を詰めていたせいか、ひとりで車を運転するのが気分転換になってよかった。
だが、資金調達の本部ともなれば、いわば裏方部門の中枢だ。
そんなところに新入りを寄越していいものなのだろうか。
スパイだったらどうする?現代人だと油断しているのか。敵が現代人を懐柔して送り込む可能性だってあるだろうに。
そこは、ビックネームではない雑霊集団のノウハウの弱さなのかもしれない。
ある程度の規模の組織において、資金源というものは致命的な問題となりうる。
闇戦国の規模が大きくなるにつれ、怨将の現金獲得方法も手が込むようになっていた。
資金源を叩くことは、活動の足止めという意味でも一番手っ取り早く効果的だ。
実際、闇戦国関係で動いている金銭の額は想像もつかない。
とはいえ合法的な資金源を確保できているのは怨将でもわずかだ。上杉は400年のキャリアがあるからそこらへんのノウハウは一番しっかりしている。続いて織田、武田だろうか。
赤鯨衆に関する情報は一蔵から出来る限り引き出していた。
特に金が何よりも好きな一蔵は、資金源に関しては事細かに覚えていた。さすが持ち逃げをしたというだけはある。
聞きながらまず、その手段を選ばない現金獲得手段に驚いた。思いつきでやっているのではないかというほどに行き当たりばったりでハチャメチャだ。"搾取する側から盗る"という幹部陣の意向さえ守っていれば何でもアリだったらしい。直江からしてみればとても考えられないようなものだった。
生き人との無用なトラブルは避けるようにしていたと一蔵は言っていたが、"搾取する側"との小競り合いは少なく無かったらしい。それこそが、肉体を持ち"暮らす"ことの代表的な弊害のひとつであるのだが。
もちろんその話は一蔵がいた当時のものだから、今でも同じとは限らない。が、今向かっている拠点は一蔵から聞いた赤鯨衆結成当時のアジトに近い。古くから在るアジトのひとつかもしれない。
何か重要な情報が得られるかもしれないというわずかな期待が、直江を休みなしで走らせた。
天満健造は資金物資調達部門の一隊を任されている男で、赤鯨衆結成当時からいる古株だ。
なんでも、赤鯨衆の資金の殆どをこの一隊の稼ぎで賄っているらしい。
今回は、明後日の作戦に必要な物資を緊急で調達してもらったとかで、直江は天満からそれを受け取って出来る限り早く砦に戻るよう言われている。
一蔵から聞いていた資金調達の手段からして、きっと"アウトロー"とか"その筋"という言葉の似合う人物に違いないなど想像しつつ、目的地へと到着した。
拠点となっている施設も組事務所のようなものを勝手にイメージしていたのだが、そこにあったのは学校の体育館ほどの大きさの、年季の入った建物だった。
日吉砦のように、大人数での利用を前提としたおそらく公的に建てられたであろうとわかる造り。
赤鯨衆の施設を目にするのはこれが二つ目だが、両方とも、使われていなかった建物を再活用しているのは明らかだ。もしかしたら台所事情はかなり厳しいのではないだろうか。それなら敵方の輸送車奪取に精をだす理由もわかる。
また、直江のような新参を安易に送り込んでしまう理由も解った気がした。もし直江がスパイだとしても、資金稼ぎの主力部隊がこんな様子では、叩こうとも思わないからだ。
カララ、と入り口の引き戸をあけて、直江は思わず固まった。
(何だ)
入ってすぐ、いくつか置かれている広い作業台が目に入った。それぞれ、中年の女性達が紙袋の検品やシール貼りなどのグループに別れて作業をしている。
まさかこんな内職のようなもので資金稼ぎをしているのだろうか。
直江が無言で立ち尽くしていると、作業台の奥の方に並んでいたパーテーションの奥から、子供が飛び出してきた。
その後ろから、老人の声が飛ぶ。
「こらあ、大地!そっちいったらまぎるき、こっちに来ちょき!」
半透明のパーテーションを挟んで向こう側は、まるで託児所と老人ホームがひとつになったかのようだ。
子供らが数人遊んでおり、その脇では老人たちがお茶をすすっている。
「あらあら、今日来られるちゅうてた、"本社"の方?」
検品作業をしていた女性のひとりがようやく直江に気付いて、ニコニコと近づいてきた。
その人懐っこい笑顔をみてぎょっとした。
(どういうことだ?)
憑依されていないのだ。
換生者でもない、まるっきりの現代人だ。室内を見回してみると、憑依霊がひとりもいないことに気付いた。もしかして、来る場所を間違えたのだろうか?
「天満という男と約束があるんですが」
一般の人ならば、と思わず敬語になる。
「今は皆、裏の畑にいっちゅうきに、まだしばらくは戻らんですよ」
やはり、この場所で間違いはないらしい。もしかして、民間の施設か何かに間借りでもしているのだろうか。
「こちらで少し待っちょって頂いたら」
「いえ、直接畑のほうへ行ってみます」
裏に回ればすぐわかりますから、という女性の言葉に従って、直江は外へ出た。
女性の言うとおり、建物の裏には広々とした畑が広がっていた。結構な規模だ。
作業服姿の人物が数名、畑仕事をしている。こちらは全員、憑依が認められた。
間借りの条件が農作業の手伝い、といったことを想像しつつ近づいていくと、手前の方で草をむしっていた人物が手を止めて立ち上がった。
随分歳のいった人物だ。
「おうおう。来られたか」
男は土佐人らしい親しげな笑顔を浮かべながら右手をあげた。
どうやらこれが天満のようだ。深く刻まれた皺のせいか、白髪交じりの頭のせいか、印象は思った以上に柔らかいものだった。
「宮本からいわれてきた、橘だ」
「聞いちょるよ、神官殿。遠いとこ、ご苦労さま。しかしな、リストの全部はまだ揃うちょらんがよ」
そういいながら、何故かポケットから軍手を出して、直江に手渡した。
「今、隊の者が街まで行って調達しちょる。戻るまで草でもむしっちょったらええ。土いじりは人の心を豊かにするちや」
直江は受け取った軍手を見つめたが、手に嵌めることはせず、ぐるりとあたりを見回した。
日吉砦の宿体は皆一様に若い男性だったが、ここの霊たちの宿体は、年配の者もいれば女性もいる。いずれも畑仕事に没頭しているようだ。
「彼らは隊士なのか?」
「ほうじゃ」
「農作業なんか手伝っていて、資金調達のほうは大丈夫なのか?」
「手伝うとるわけじゃあない。これがわしらの仕事じゃ」
「……この畑は赤鯨衆のものなのか」
間借りをしている訳ではないようだ。
「ほうじゃ。食料調達の一環がやき、さっきも言うたが土いじりは心にええでね。ここの野菜はそんじょそこらのものは違う。これを食うて栄養をつけちゅうきに、前線の隊士供も戦に勝てるがよ」
天満は再びしゃがみこむと、雑草をむしりだした。
「では、あの人たちは何だ。現代人だろう?」
直江は建物を示しながら言う。
「彼女たちにやらせている作業も資金調達の一環か?お前たちは現代人に仕事を手伝わせているのか?」
質問攻めにする直江に対して、天満は豪快に笑った。
「自分のことは棚に上げて何を言うちょる。おんしも現代人じゃろうが。ま、あん人たちは赤鯨衆のことは何も知らんがの。野菜を交換してるうちに仲良いくなって、皆仕事が無いゆうもんやき、わしらで元締めみたいなことを始めたがよ」
赤鯨衆の活動とは全く関係なく、株式会社まで立ち上げたそうだ。
「まるで慈善事業だな」
「昔の赤鯨衆……いや、まだ赤鯨衆と名乗る前は、こがな風じゃったんじゃ。戦などせん、近所の人らとの交流もあった。生活しゆう為の共同体のようなもんじゃった」
"古き良き赤鯨衆"とでもいうのだろうか。一蔵のいた頃の話だから少しは知っている。
「戦闘は嫌いか?」
甘いな、と内心思う。
「そうは言うちょらん。ただ、戦をしゆうことがさほど重要とは思わんちゅうことじゃ。戦は手段であって目的じゃあない。違うか?わしの中には今、戦をする目的ちゅうもんがない」
その言葉は直江の心に小さな波紋を作った。
なんでも、赤鯨衆の資金の殆どをこの一隊の稼ぎで賄っているらしい。
今回は、明後日の作戦に必要な物資を緊急で調達してもらったとかで、直江は天満からそれを受け取って出来る限り早く砦に戻るよう言われている。
一蔵から聞いていた資金調達の手段からして、きっと"アウトロー"とか"その筋"という言葉の似合う人物に違いないなど想像しつつ、目的地へと到着した。
拠点となっている施設も組事務所のようなものを勝手にイメージしていたのだが、そこにあったのは学校の体育館ほどの大きさの、年季の入った建物だった。
日吉砦のように、大人数での利用を前提としたおそらく公的に建てられたであろうとわかる造り。
赤鯨衆の施設を目にするのはこれが二つ目だが、両方とも、使われていなかった建物を再活用しているのは明らかだ。もしかしたら台所事情はかなり厳しいのではないだろうか。それなら敵方の輸送車奪取に精をだす理由もわかる。
また、直江のような新参を安易に送り込んでしまう理由も解った気がした。もし直江がスパイだとしても、資金稼ぎの主力部隊がこんな様子では、叩こうとも思わないからだ。
カララ、と入り口の引き戸をあけて、直江は思わず固まった。
(何だ)
入ってすぐ、いくつか置かれている広い作業台が目に入った。それぞれ、中年の女性達が紙袋の検品やシール貼りなどのグループに別れて作業をしている。
まさかこんな内職のようなもので資金稼ぎをしているのだろうか。
直江が無言で立ち尽くしていると、作業台の奥の方に並んでいたパーテーションの奥から、子供が飛び出してきた。
その後ろから、老人の声が飛ぶ。
「こらあ、大地!そっちいったらまぎるき、こっちに来ちょき!」
半透明のパーテーションを挟んで向こう側は、まるで託児所と老人ホームがひとつになったかのようだ。
子供らが数人遊んでおり、その脇では老人たちがお茶をすすっている。
「あらあら、今日来られるちゅうてた、"本社"の方?」
検品作業をしていた女性のひとりがようやく直江に気付いて、ニコニコと近づいてきた。
その人懐っこい笑顔をみてぎょっとした。
(どういうことだ?)
憑依されていないのだ。
換生者でもない、まるっきりの現代人だ。室内を見回してみると、憑依霊がひとりもいないことに気付いた。もしかして、来る場所を間違えたのだろうか?
「天満という男と約束があるんですが」
一般の人ならば、と思わず敬語になる。
「今は皆、裏の畑にいっちゅうきに、まだしばらくは戻らんですよ」
やはり、この場所で間違いはないらしい。もしかして、民間の施設か何かに間借りでもしているのだろうか。
「こちらで少し待っちょって頂いたら」
「いえ、直接畑のほうへ行ってみます」
裏に回ればすぐわかりますから、という女性の言葉に従って、直江は外へ出た。
女性の言うとおり、建物の裏には広々とした畑が広がっていた。結構な規模だ。
作業服姿の人物が数名、畑仕事をしている。こちらは全員、憑依が認められた。
間借りの条件が農作業の手伝い、といったことを想像しつつ近づいていくと、手前の方で草をむしっていた人物が手を止めて立ち上がった。
随分歳のいった人物だ。
「おうおう。来られたか」
男は土佐人らしい親しげな笑顔を浮かべながら右手をあげた。
どうやらこれが天満のようだ。深く刻まれた皺のせいか、白髪交じりの頭のせいか、印象は思った以上に柔らかいものだった。
「宮本からいわれてきた、橘だ」
「聞いちょるよ、神官殿。遠いとこ、ご苦労さま。しかしな、リストの全部はまだ揃うちょらんがよ」
そういいながら、何故かポケットから軍手を出して、直江に手渡した。
「今、隊の者が街まで行って調達しちょる。戻るまで草でもむしっちょったらええ。土いじりは人の心を豊かにするちや」
直江は受け取った軍手を見つめたが、手に嵌めることはせず、ぐるりとあたりを見回した。
日吉砦の宿体は皆一様に若い男性だったが、ここの霊たちの宿体は、年配の者もいれば女性もいる。いずれも畑仕事に没頭しているようだ。
「彼らは隊士なのか?」
「ほうじゃ」
「農作業なんか手伝っていて、資金調達のほうは大丈夫なのか?」
「手伝うとるわけじゃあない。これがわしらの仕事じゃ」
「……この畑は赤鯨衆のものなのか」
間借りをしている訳ではないようだ。
「ほうじゃ。食料調達の一環がやき、さっきも言うたが土いじりは心にええでね。ここの野菜はそんじょそこらのものは違う。これを食うて栄養をつけちゅうきに、前線の隊士供も戦に勝てるがよ」
天満は再びしゃがみこむと、雑草をむしりだした。
「では、あの人たちは何だ。現代人だろう?」
直江は建物を示しながら言う。
「彼女たちにやらせている作業も資金調達の一環か?お前たちは現代人に仕事を手伝わせているのか?」
質問攻めにする直江に対して、天満は豪快に笑った。
「自分のことは棚に上げて何を言うちょる。おんしも現代人じゃろうが。ま、あん人たちは赤鯨衆のことは何も知らんがの。野菜を交換してるうちに仲良いくなって、皆仕事が無いゆうもんやき、わしらで元締めみたいなことを始めたがよ」
赤鯨衆の活動とは全く関係なく、株式会社まで立ち上げたそうだ。
「まるで慈善事業だな」
「昔の赤鯨衆……いや、まだ赤鯨衆と名乗る前は、こがな風じゃったんじゃ。戦などせん、近所の人らとの交流もあった。生活しゆう為の共同体のようなもんじゃった」
"古き良き赤鯨衆"とでもいうのだろうか。一蔵のいた頃の話だから少しは知っている。
「戦闘は嫌いか?」
甘いな、と内心思う。
「そうは言うちょらん。ただ、戦をしゆうことがさほど重要とは思わんちゅうことじゃ。戦は手段であって目的じゃあない。違うか?わしの中には今、戦をする目的ちゅうもんがない」
その言葉は直江の心に小さな波紋を作った。
直江の知る"怨将"は《闇戦国》での天下を取ることが目的であったはずだ。また伊達のように領土を守る為に戦うという選択もあるだろう。赤鯨衆とは後者に近い存在だと、直江は認識していた。
なのに、この男には戦う意志がない?ならば赤鯨衆とは一体なんなのだ。《闇戦国》に参戦している訳ではないのか?
「"赤鯨衆"は侵略者からこの土地を守る為に団結して戦っていると聞いているが」
「………おんしは自分のクニを守る為に赤鯨衆へ来たがか?」
「そうだ」
即答した直江に、天満は顔を覗き込むようにして言った。
「けれど所詮は死に人の理じゃろう。生き人には、生き人の戦い方ちゅうのがあると思うがのう」
「……………」
「出て行けちゅうてるんじゃあないがよ。おんしにまだ帰る場所があるのなら、戻ったほうが───」
「いや」
直江は天満の言葉を遮ってから言った。
「俺に、帰る場所など無い」
言い切った直江の瞳をじっと見つめた天満は、何か感じるものがあったのか、立ち上がって自分の手から軍手を外した。
「ほうか、ならええ。赤鯨衆は行き場のない者たちの居場所となるべきところやき」
直江の肩を叩いてから、畑にいた他の隊士たちを見回す。
「彼らはその赤鯨衆の中ですら、孤立しがちやった者たちばかりちや」
少し遠い眼をしながら、天満は言った。
「どがな場所でもはみ出しもんちゅうのは居るもんがよ。おんしも向こうに居れんくなったらいつでも来りゃあええ」
きっと現代人だと苦労する、と言いながら自分の言葉に頷いている。
直江は少し、戸惑った。天満は直江のことを案じているらしい。
急にこの目の前の、作業服に身を包み顔まで土まみれにして笑っている男に、興味が沸いてきた。
「お前もそうなのか」
「ん?」
「……なぜ居場所がなくなってまで、赤鯨衆に残ろうとする?離れようとは思わないのか」
直江に比べると背の低い天満は、何を言うのか、という顔で直江を見上げた。
「赤鯨衆におられんかったら、生きていけんくなるだけやき。現代社会に、わしのような者の居場所なんてありゃあせん」
「仕方なくいるというのか」
「他に選択肢はないっちゅうことじゃ。わしみたいなのでも引き受けてくれるのは赤鯨衆だけなんちや」
直江はなんだか納得がいかない。心には違和感だけが残った。
「それに、戦以外の部分を引き受ける人間も必要やきのう。まあ、実際のところは役目もロクに果たしちゃあせんがの。特に最近は近所のじいさんばあさん連中のためにばかり働いちょる」
天満は笑顔になって言った。
「これでも霊査能力ちゅうヤツが人よりあるがよ。それでよく年寄連中の相談に乗っちょるんじゃ」
それを聞いてどきりとした。自分が換生者だと気付かれてしまうのではないか。
盗み見た天満の表情に疑うようなものは今のところない。
直江は用心のため、抑えていた自身の気を更に絞った。息を潜める感覚に似ている。窮屈だし疲れもするが仕方が無い。
そっちに集中していたため、次の天満の言葉で再びどきりとした。
「おんしは訛りが出んのう」
日吉砦では誰にも突っ込まれなかったが、この質問にはちゃんと答えを用意してあったのだ。
「しばらく東京に住んでいたんだ。しかし、神官としての修業はちゃんと修めているから心配ない」
「ほう、東京にか。何をやっちょった?」
「不動産関係の仕事を」
「フドウサンか……。カブシキというものは知らんがか?」
「?まあ、人並みには理解しているつもりだが」
「ほいたら、わしらよりは詳しいじゃろう。ひとつ頼まれてくれんがか?」
天満は直江を従えて、建物へと戻り始めた。
「こがな通り、わしらが畑仕事なんぞしてぼーっと過ごしておられるんも、単独で活動しちゅうある男が大金を稼いできゆうからなんじゃ。しかし、わしらが様子を見に行っても、一体何をやっちょるのかさっぱりわからん。教えてもくれんちや」
入り口へ到着した天満は、引き戸へと手をかけた。
「あるもんを渡すついでに、様子を見てきちゃって欲しいがよ」
戸を開け中へ入ると、作業台の上は一新していた。菓子やら小皿やらが並び、皆がそれを囲んでいる。休憩時間のようだ。
「天満さん、このハウスのトマト、今年はよういったね」
「そうやろう。来年こそ市場に出したい思うちょるがよ」
「ほうかほうか、人手が要るときは言うてな」
「何?じーさんが手伝てくれろうか。無理しちょったらいかんちや」
「なんの、まだまだいけるわ」
どうみても最年長の老人が力瘤を作ってみせるものだから、室内は沸き返った。
子供たちもはしゃぎながら天満にまとわりついている。
いずれも老人の孫や近所の子供たちで、近くに託児施設が無い事から、ここで預かって面倒を見ているのだという。
本当に、慈善事業だ。
けれどそのお陰なのか、天満は周囲の人々に本当に慕われている。
「これを渡してきてほしい」
その天満が書類の山積みになった事務机の引き出しから出してきたのは、白い封筒だった。手紙のようだ。
「明日にでも投函しようと思うちょったんじゃが、ちょうどええ。住所はここに書いちゅう」
天満は声をひそめて言った。
「ヤツには全て任せっきりにしちょるき、あまり強くも言えんがよ。けど、あまり良くないことをやりゆうのはわかっちゅう。それがどんくらい危ないがか、教えて欲しいんちや」
直江の肩に手を乗せる。
思わずため息が漏れそうになった。
今日は頼まれ事の多い日だ。
なのに、この男には戦う意志がない?ならば赤鯨衆とは一体なんなのだ。《闇戦国》に参戦している訳ではないのか?
「"赤鯨衆"は侵略者からこの土地を守る為に団結して戦っていると聞いているが」
「………おんしは自分のクニを守る為に赤鯨衆へ来たがか?」
「そうだ」
即答した直江に、天満は顔を覗き込むようにして言った。
「けれど所詮は死に人の理じゃろう。生き人には、生き人の戦い方ちゅうのがあると思うがのう」
「……………」
「出て行けちゅうてるんじゃあないがよ。おんしにまだ帰る場所があるのなら、戻ったほうが───」
「いや」
直江は天満の言葉を遮ってから言った。
「俺に、帰る場所など無い」
言い切った直江の瞳をじっと見つめた天満は、何か感じるものがあったのか、立ち上がって自分の手から軍手を外した。
「ほうか、ならええ。赤鯨衆は行き場のない者たちの居場所となるべきところやき」
直江の肩を叩いてから、畑にいた他の隊士たちを見回す。
「彼らはその赤鯨衆の中ですら、孤立しがちやった者たちばかりちや」
少し遠い眼をしながら、天満は言った。
「どがな場所でもはみ出しもんちゅうのは居るもんがよ。おんしも向こうに居れんくなったらいつでも来りゃあええ」
きっと現代人だと苦労する、と言いながら自分の言葉に頷いている。
直江は少し、戸惑った。天満は直江のことを案じているらしい。
急にこの目の前の、作業服に身を包み顔まで土まみれにして笑っている男に、興味が沸いてきた。
「お前もそうなのか」
「ん?」
「……なぜ居場所がなくなってまで、赤鯨衆に残ろうとする?離れようとは思わないのか」
直江に比べると背の低い天満は、何を言うのか、という顔で直江を見上げた。
「赤鯨衆におられんかったら、生きていけんくなるだけやき。現代社会に、わしのような者の居場所なんてありゃあせん」
「仕方なくいるというのか」
「他に選択肢はないっちゅうことじゃ。わしみたいなのでも引き受けてくれるのは赤鯨衆だけなんちや」
直江はなんだか納得がいかない。心には違和感だけが残った。
「それに、戦以外の部分を引き受ける人間も必要やきのう。まあ、実際のところは役目もロクに果たしちゃあせんがの。特に最近は近所のじいさんばあさん連中のためにばかり働いちょる」
天満は笑顔になって言った。
「これでも霊査能力ちゅうヤツが人よりあるがよ。それでよく年寄連中の相談に乗っちょるんじゃ」
それを聞いてどきりとした。自分が換生者だと気付かれてしまうのではないか。
盗み見た天満の表情に疑うようなものは今のところない。
直江は用心のため、抑えていた自身の気を更に絞った。息を潜める感覚に似ている。窮屈だし疲れもするが仕方が無い。
そっちに集中していたため、次の天満の言葉で再びどきりとした。
「おんしは訛りが出んのう」
日吉砦では誰にも突っ込まれなかったが、この質問にはちゃんと答えを用意してあったのだ。
「しばらく東京に住んでいたんだ。しかし、神官としての修業はちゃんと修めているから心配ない」
「ほう、東京にか。何をやっちょった?」
「不動産関係の仕事を」
「フドウサンか……。カブシキというものは知らんがか?」
「?まあ、人並みには理解しているつもりだが」
「ほいたら、わしらよりは詳しいじゃろう。ひとつ頼まれてくれんがか?」
天満は直江を従えて、建物へと戻り始めた。
「こがな通り、わしらが畑仕事なんぞしてぼーっと過ごしておられるんも、単独で活動しちゅうある男が大金を稼いできゆうからなんじゃ。しかし、わしらが様子を見に行っても、一体何をやっちょるのかさっぱりわからん。教えてもくれんちや」
入り口へ到着した天満は、引き戸へと手をかけた。
「あるもんを渡すついでに、様子を見てきちゃって欲しいがよ」
戸を開け中へ入ると、作業台の上は一新していた。菓子やら小皿やらが並び、皆がそれを囲んでいる。休憩時間のようだ。
「天満さん、このハウスのトマト、今年はよういったね」
「そうやろう。来年こそ市場に出したい思うちょるがよ」
「ほうかほうか、人手が要るときは言うてな」
「何?じーさんが手伝てくれろうか。無理しちょったらいかんちや」
「なんの、まだまだいけるわ」
どうみても最年長の老人が力瘤を作ってみせるものだから、室内は沸き返った。
子供たちもはしゃぎながら天満にまとわりついている。
いずれも老人の孫や近所の子供たちで、近くに託児施設が無い事から、ここで預かって面倒を見ているのだという。
本当に、慈善事業だ。
けれどそのお陰なのか、天満は周囲の人々に本当に慕われている。
「これを渡してきてほしい」
その天満が書類の山積みになった事務机の引き出しから出してきたのは、白い封筒だった。手紙のようだ。
「明日にでも投函しようと思うちょったんじゃが、ちょうどええ。住所はここに書いちゅう」
天満は声をひそめて言った。
「ヤツには全て任せっきりにしちょるき、あまり強くも言えんがよ。けど、あまり良くないことをやりゆうのはわかっちゅう。それがどんくらい危ないがか、教えて欲しいんちや」
直江の肩に手を乗せる。
思わずため息が漏れそうになった。
今日は頼まれ事の多い日だ。
天満のいう"単独で活動している男"は、天満たちのアジトから更に市の中心に近い場所に、活動拠点を持っていた。
決して新しくはない雑居ビルの2階にその事務所を見つけた直江は、階段を上り扉を開ける。と、すぐに受付の机に座っていた男が立ち上がった。
「何じゃ、おんしゃあ」
決して声を荒げている訳ではないのに、迫力のある物言い。恰幅のよい身体にダブルのスーツ、カラーシャツ。
典型的な"その筋"の男だ。
憑依はされていない。ある程度覚悟はしていたから、直江も驚いたりはしなかった。
「天満という男から託ってきた。小松という男に会いたい」
そう言って、封筒を見せた。
「テンマさんね」
男は確認するように言うと、体を揺らしながら直江を受付机の向こうへと案内した。部屋の中は、応接セットなどが置かれていて妙に小奇麗だ。
男がもうひとり、そのソファセットに深々と座っている。こちらもやはりお仲間のようだ。その男の正面に座るように言われたが、遠慮した。
その間に、受付にいた男が隣の部屋へ通じるドアを開けている。
開いたドアの隙間から見えた隣室は、異様だった。
大きな事務机が四台あり、その上にパソコンのモニターがいくつも並んでいた。その前に座るのは、ダブついた服を着た若者たちだ。モニターを見比べながらカチカチとマウス操作をしている。
一番手前のモニター郡の前には、若者の後ろにスーツを着た男がひとり立っていた。携帯電話を片手に何か話をしている。細身の眼鏡をかけた堅めの紺スーツ姿は、丸の内か下手したら霞ヶ関あたりにいてもおかしくなさそうだ。
「1204?ウンウン……どの筋なの?」
言いながら前に座る若者に、株式の銘柄情報をモニターに映させる。
どうやら霞ヶ関ではなく兜町だったらしい。
ヤクザ風の男が傍へ行き低い声で何かを言うと、すぐに電話を切りこちらの部屋へ入ってきた。
「天満の使いだって?」
「ああ、そうだ」
眼鏡の男は少し面倒そうな表情を浮かべると、男ふたりに
「ちょっと出てくる」
と言って、そのまま直江には何も言わずに入り口から出て行ってしまった。
着いて来いということだろうか。
仕方なく直江は後を追った。
階段を降りると、ビルの入り口で男は待っていた。
眼鏡の奥から睨み付けるようにしながら、初めて直江に向き直った。
小松勉(こまつ つとむ)。それがこの男の名だ。
「アンタ、見たことないな。新入りか」
「ああ。入隊してまだ間もない」
「ふうん。名前は」
「橘だ」
小松は直江を上から下までジロジロと見た。
「俳優みたいだな、アンタ。俺はてっきり天満のおやっさんがまた近所の連中に持て囃されて、芸能プロダクションでもはじめたのかと思ったよ」
着いて来るように言うと、通りを歩き始める。
「しかも現代人にしか見えないね」
スタスタと早足で歩きながら、首だけで直江を振り返った。
「現代霊なんだろ。見た目ですぐわかる。街向きだ。本隊にいたのか?あんな何百年も昔のやつらと毎日一緒に居たら、気がおかしくなっちまったろう」
どうも直江を憑依霊だと思っているらしい。
「いや、俺は現代人だ」
直江がそういうと、小松の足がピタっと止まった。
「現代人?」
こちらを見る視線があからさまに警戒している。
「山神の神官としての腕をかわれて入隊した」
「………へえ」
小松は再び歩き始めながら小さく言った。
「最近、現代人が入ってきてるっていうのは本当だったんだな」
その言葉を直江は聞き逃さない。けれど何気ない風を装って尋ねた。
「現代人が何人かいるという話は俺も聞いている。お前も会ったことがあるのか?」
「いや。俺は本隊とは殆ど接触がないからな」
あっさりと否定され、直江の心には失望感を抱く暇すらなかった。
(あのひとは一体どこにいるんだ)
ここまでくると、笑ってしまう。
赤鯨衆へ入る前の方がまだ、近づいているという実感があった。
そこに居ることはわかっているのに、手が届かない。
まるで彼が自分を拒んでいるかのように。
「橘?」
立ち止まってしまった直江を、小松が喫茶店の入り口から呼んでいる。
「……ああ」
沈みかけた思考を持ち上げると、直江も後に続いて入り口へと向かった。
決して新しくはない雑居ビルの2階にその事務所を見つけた直江は、階段を上り扉を開ける。と、すぐに受付の机に座っていた男が立ち上がった。
「何じゃ、おんしゃあ」
決して声を荒げている訳ではないのに、迫力のある物言い。恰幅のよい身体にダブルのスーツ、カラーシャツ。
典型的な"その筋"の男だ。
憑依はされていない。ある程度覚悟はしていたから、直江も驚いたりはしなかった。
「天満という男から託ってきた。小松という男に会いたい」
そう言って、封筒を見せた。
「テンマさんね」
男は確認するように言うと、体を揺らしながら直江を受付机の向こうへと案内した。部屋の中は、応接セットなどが置かれていて妙に小奇麗だ。
男がもうひとり、そのソファセットに深々と座っている。こちらもやはりお仲間のようだ。その男の正面に座るように言われたが、遠慮した。
その間に、受付にいた男が隣の部屋へ通じるドアを開けている。
開いたドアの隙間から見えた隣室は、異様だった。
大きな事務机が四台あり、その上にパソコンのモニターがいくつも並んでいた。その前に座るのは、ダブついた服を着た若者たちだ。モニターを見比べながらカチカチとマウス操作をしている。
一番手前のモニター郡の前には、若者の後ろにスーツを着た男がひとり立っていた。携帯電話を片手に何か話をしている。細身の眼鏡をかけた堅めの紺スーツ姿は、丸の内か下手したら霞ヶ関あたりにいてもおかしくなさそうだ。
「1204?ウンウン……どの筋なの?」
言いながら前に座る若者に、株式の銘柄情報をモニターに映させる。
どうやら霞ヶ関ではなく兜町だったらしい。
ヤクザ風の男が傍へ行き低い声で何かを言うと、すぐに電話を切りこちらの部屋へ入ってきた。
「天満の使いだって?」
「ああ、そうだ」
眼鏡の男は少し面倒そうな表情を浮かべると、男ふたりに
「ちょっと出てくる」
と言って、そのまま直江には何も言わずに入り口から出て行ってしまった。
着いて来いということだろうか。
仕方なく直江は後を追った。
階段を降りると、ビルの入り口で男は待っていた。
眼鏡の奥から睨み付けるようにしながら、初めて直江に向き直った。
小松勉(こまつ つとむ)。それがこの男の名だ。
「アンタ、見たことないな。新入りか」
「ああ。入隊してまだ間もない」
「ふうん。名前は」
「橘だ」
小松は直江を上から下までジロジロと見た。
「俳優みたいだな、アンタ。俺はてっきり天満のおやっさんがまた近所の連中に持て囃されて、芸能プロダクションでもはじめたのかと思ったよ」
着いて来るように言うと、通りを歩き始める。
「しかも現代人にしか見えないね」
スタスタと早足で歩きながら、首だけで直江を振り返った。
「現代霊なんだろ。見た目ですぐわかる。街向きだ。本隊にいたのか?あんな何百年も昔のやつらと毎日一緒に居たら、気がおかしくなっちまったろう」
どうも直江を憑依霊だと思っているらしい。
「いや、俺は現代人だ」
直江がそういうと、小松の足がピタっと止まった。
「現代人?」
こちらを見る視線があからさまに警戒している。
「山神の神官としての腕をかわれて入隊した」
「………へえ」
小松は再び歩き始めながら小さく言った。
「最近、現代人が入ってきてるっていうのは本当だったんだな」
その言葉を直江は聞き逃さない。けれど何気ない風を装って尋ねた。
「現代人が何人かいるという話は俺も聞いている。お前も会ったことがあるのか?」
「いや。俺は本隊とは殆ど接触がないからな」
あっさりと否定され、直江の心には失望感を抱く暇すらなかった。
(あのひとは一体どこにいるんだ)
ここまでくると、笑ってしまう。
赤鯨衆へ入る前の方がまだ、近づいているという実感があった。
そこに居ることはわかっているのに、手が届かない。
まるで彼が自分を拒んでいるかのように。
「橘?」
立ち止まってしまった直江を、小松が喫茶店の入り口から呼んでいる。
「……ああ」
沈みかけた思考を持ち上げると、直江も後に続いて入り口へと向かった。
アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit