アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
話がひと段落すると、小松はやっと天満からの手紙に眼を通し始めた。
そして読み終わった手紙の裏に返事らしきものを書き、またもとの封筒に戻して直江に差し出した。
「これ、渡してくれ」
受け取った手紙を直江がしまっていると、ちょうど店内へ入ってきた若者がこちらへ近づいてきた。
「小松さん」
色の抜けた短い髪に着崩したスーツ姿でチンピラ風の憑依霊だ。天満は小松が単独で動いていると言っていたが、仲間がいたのだろうか。
「おお、ヒロキ。調子はどうだ」
親しいらしい小松は手をあげると、
「今行くから外で待っててくれ」
と言って立ち上がる。
若者は言われるがまま入り口へとUターンして、店を出て行った。
「赤鯨衆の人間か?」
会計へと向かいながら小松に訊く。
「いや、あいつは町でひろった現代霊だ。……あの宿体、誰だと思う?」
意味深に問い返されるが知る訳もない。首を振ると、
「今、カネを稼いでやってる組の、先代の息子だよ」
と、得意気な答えが返ってきた。
「最初は取り入るツテに使うだけのつもりでヒロキに憑いてもらったんだけど、"お坊ちゃんは催眠術で俺の言うことだけを聞くようにしてある"って言ったら、ヤツら信じ込んじゃってさ。都合がいいからそのままにしてる。報酬の交渉なんかでヤツらが渋る時は、この話を持ち出せば一発なんだ」
つまり人質ということだ。
「そんな強引なやり方では危険じゃないか?」
「まあな。けど、おかげでホントに楽に仕事ができるんだ」
小松は笑ったが、直江は笑わえなかった。トラブルの元を自分で作っているようなものだ。
店の外に出て、小松とはそこで別れることになった。
「じゃあ、天満のおやっさんによろしく」
小松はそう言うと、ヒロキという若者を連れて事務所へと戻って行った。
それを見送った直江も、後は天満の元へと帰るだけだ。
しかし思うところがあって、隣に建つビルの影に身を潜めた。
そして案の定、怪しい男がひとり店から出てきた。実は自分達より少し遅れて入店し、直江の背後の席に座った男がいたのだ。
歩き始めた男の後を気付かれぬよう尾けていくと、小松の事務所の様子が伺える格好の場所に黒塗りの車が停められており、男はそれに乗り込んで、そのまま発進する気配はない。
事務所内にいたふたりの仲間なのか、それとも全く別の団体の人間なのかは解らないが、小松をマークしているのだろう。先程の会話も全て聞かれていたに違いない。どういった事態に陥っているのかまではわからないが、直江の眼には一触即発といった雰囲気にみえる。じきに大きなトラブルに発展するのは間違いない。
(さて、どうするか)
ありのままを天満に報告するのか?
これはただ小松の憑坐が危険に晒されるとかそういう問題だけでは済まない。小松の稼ぎがなくなれば、赤鯨衆の収入が一気に減るということだ。
(放っておいてもいい)
赤鯨衆の資金が底尽きれば、まず憑依霊たちは憑坐を手放さねばならないだろう。霊体でいる限りは金がかからずに済むからだ。
しかし、肉体を失うことに抵抗する者が必ず出てくる。中にはそれを理由に敵方に寝返る者もいるだろう。一気に戦況は悪化する。
赤鯨衆が自滅してくれるなら、それはそれでいい。
いい気味だ、と思う。
直江の中には、独占欲に似たわだかまりがずっとあった。
さっさと潰れてしまえばいい。自分の知らない高耶を知る者達など。出来ることなら全員を調伏して亡きものにしてしまいたい。
だいたい高耶も自分の元を離れてなぜこんな人間達と一緒に居るのか。意味が分からない。自分を捨ててまで共にいる価値のある人間達だというのか。
気がつくと、赤鯨衆のアラを必死に探す自分がいた。馬鹿馬鹿しいと自分でも解っている。ここまできて、自尊心を守るのに必死なのかと、もう漏れる笑いも無い。
そう、もうここまで来ているのだ。
すぐそこに高耶がいるというのに。もどかしくてしょうがない。こんなことをしている場合ではないのだ。
地道に一歩一歩上ってきた山の頂上が、もうすぐ目の前にある気分だ。一気に駆け上がってしまいたい衝動に駆られる。
けれど、同時に不安も覚える。足を踏み外して転げ落ちやしないか。いざ頂上についてみたら、そこは頂上ではなくまだ山の中腹だったとしたら。
(……………)
独りになるといつもこうだ。不毛だとわかっているのに考えてしまう。もっと理知的に考えなくては。それこそ時間の無駄だ。
頭を振って要点を整理する。
今回新たに手にした赤鯨衆の情報はどんなものだったか。様々な面があった。強い部分もあれば脆い部分もある。持てる頭脳を総動員して、これから自分が取るべき行動を決めなくてはいけない。
選択肢は二つ。
今すぐ脆さを突くか、弱みとして握っておくか。
直江は迷っていた。
どちらがベストな選択か……。
決断するのに、天満の存在がネックになっていると思った。
直江にはあの男が理解し難い。
憑依霊とはそもそも、何かしらの目的があるはずなのだ。だからその目的を達成する為に、社会活動を行い、人とも関わりを持つ。
けれど天満の目的が直江には読み取れなかった。社会奉仕?利他主義?
小松のほうがまだわかりやすい。
理解もせずに潰してしまうのは、何か違うような気がした。
だからもう一度、彼と話してから決めようと思った。
そして読み終わった手紙の裏に返事らしきものを書き、またもとの封筒に戻して直江に差し出した。
「これ、渡してくれ」
受け取った手紙を直江がしまっていると、ちょうど店内へ入ってきた若者がこちらへ近づいてきた。
「小松さん」
色の抜けた短い髪に着崩したスーツ姿でチンピラ風の憑依霊だ。天満は小松が単独で動いていると言っていたが、仲間がいたのだろうか。
「おお、ヒロキ。調子はどうだ」
親しいらしい小松は手をあげると、
「今行くから外で待っててくれ」
と言って立ち上がる。
若者は言われるがまま入り口へとUターンして、店を出て行った。
「赤鯨衆の人間か?」
会計へと向かいながら小松に訊く。
「いや、あいつは町でひろった現代霊だ。……あの宿体、誰だと思う?」
意味深に問い返されるが知る訳もない。首を振ると、
「今、カネを稼いでやってる組の、先代の息子だよ」
と、得意気な答えが返ってきた。
「最初は取り入るツテに使うだけのつもりでヒロキに憑いてもらったんだけど、"お坊ちゃんは催眠術で俺の言うことだけを聞くようにしてある"って言ったら、ヤツら信じ込んじゃってさ。都合がいいからそのままにしてる。報酬の交渉なんかでヤツらが渋る時は、この話を持ち出せば一発なんだ」
つまり人質ということだ。
「そんな強引なやり方では危険じゃないか?」
「まあな。けど、おかげでホントに楽に仕事ができるんだ」
小松は笑ったが、直江は笑わえなかった。トラブルの元を自分で作っているようなものだ。
店の外に出て、小松とはそこで別れることになった。
「じゃあ、天満のおやっさんによろしく」
小松はそう言うと、ヒロキという若者を連れて事務所へと戻って行った。
それを見送った直江も、後は天満の元へと帰るだけだ。
しかし思うところがあって、隣に建つビルの影に身を潜めた。
そして案の定、怪しい男がひとり店から出てきた。実は自分達より少し遅れて入店し、直江の背後の席に座った男がいたのだ。
歩き始めた男の後を気付かれぬよう尾けていくと、小松の事務所の様子が伺える格好の場所に黒塗りの車が停められており、男はそれに乗り込んで、そのまま発進する気配はない。
事務所内にいたふたりの仲間なのか、それとも全く別の団体の人間なのかは解らないが、小松をマークしているのだろう。先程の会話も全て聞かれていたに違いない。どういった事態に陥っているのかまではわからないが、直江の眼には一触即発といった雰囲気にみえる。じきに大きなトラブルに発展するのは間違いない。
(さて、どうするか)
ありのままを天満に報告するのか?
これはただ小松の憑坐が危険に晒されるとかそういう問題だけでは済まない。小松の稼ぎがなくなれば、赤鯨衆の収入が一気に減るということだ。
(放っておいてもいい)
赤鯨衆の資金が底尽きれば、まず憑依霊たちは憑坐を手放さねばならないだろう。霊体でいる限りは金がかからずに済むからだ。
しかし、肉体を失うことに抵抗する者が必ず出てくる。中にはそれを理由に敵方に寝返る者もいるだろう。一気に戦況は悪化する。
赤鯨衆が自滅してくれるなら、それはそれでいい。
いい気味だ、と思う。
直江の中には、独占欲に似たわだかまりがずっとあった。
さっさと潰れてしまえばいい。自分の知らない高耶を知る者達など。出来ることなら全員を調伏して亡きものにしてしまいたい。
だいたい高耶も自分の元を離れてなぜこんな人間達と一緒に居るのか。意味が分からない。自分を捨ててまで共にいる価値のある人間達だというのか。
気がつくと、赤鯨衆のアラを必死に探す自分がいた。馬鹿馬鹿しいと自分でも解っている。ここまできて、自尊心を守るのに必死なのかと、もう漏れる笑いも無い。
そう、もうここまで来ているのだ。
すぐそこに高耶がいるというのに。もどかしくてしょうがない。こんなことをしている場合ではないのだ。
地道に一歩一歩上ってきた山の頂上が、もうすぐ目の前にある気分だ。一気に駆け上がってしまいたい衝動に駆られる。
けれど、同時に不安も覚える。足を踏み外して転げ落ちやしないか。いざ頂上についてみたら、そこは頂上ではなくまだ山の中腹だったとしたら。
(……………)
独りになるといつもこうだ。不毛だとわかっているのに考えてしまう。もっと理知的に考えなくては。それこそ時間の無駄だ。
頭を振って要点を整理する。
今回新たに手にした赤鯨衆の情報はどんなものだったか。様々な面があった。強い部分もあれば脆い部分もある。持てる頭脳を総動員して、これから自分が取るべき行動を決めなくてはいけない。
選択肢は二つ。
今すぐ脆さを突くか、弱みとして握っておくか。
直江は迷っていた。
どちらがベストな選択か……。
決断するのに、天満の存在がネックになっていると思った。
直江にはあの男が理解し難い。
憑依霊とはそもそも、何かしらの目的があるはずなのだ。だからその目的を達成する為に、社会活動を行い、人とも関わりを持つ。
けれど天満の目的が直江には読み取れなかった。社会奉仕?利他主義?
小松のほうがまだわかりやすい。
理解もせずに潰してしまうのは、何か違うような気がした。
だからもう一度、彼と話してから決めようと思った。
PR
アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit