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アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
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 天満のいるアジトへ戻った頃には、既に陽が傾き始めていた。
 施設内に入ると、昼間は外にいた隊士達も室内に戻り、読書やカードゲームなど思い思いに過ごしている。誰かが夕飯を作っているらしく、いい匂いがした。
 パートタイムの女性陣や子供達はもうとっく帰ったようだったが、老人達が数名、まだ残って話し込んでいた。独身の老人達ばかりで、ここで夕飯を摂ってから家に帰るのだという。
 その老人達の奥に、天満はいた。机に座り、事務仕事をしていた。
「おう、すまんかったのう。リストのものは全て準備できちょるき、持ってくとええ」
 そう言った後で、周りに聞こえぬよう、小声で言った。
「小松はどうじゃった?」
 直江は小さく頷くと、
「外で話そう」
 と、天満を外へと連れ出した。


 外気が、急激に冷え込み始めていた。
 例の畑の手前のあたりまで歩いてから立ち止まった直江に、天満はもう一度、どうじゃった、と訊いてきた。
 しばらく答えずにいた直江は、天満に向き直ると、ゆっくりと口を開いた。
「その前に、ひとつ訊いておきたい。あなたが何故、現世に残ったのか」
 全く別の話を始めた直江に対して、天満は眉を上げただけだった。黙って聞くつもりのようだ。
「赤鯨衆というものは、同じ目的のために集まった人々というよりは、各々が各々の目的の達成を目指して集団行動を取っている、ということは今日一日で理解したつもりだ。もちろん大半が虐げられた怒りや恨みで戦っているのだとは思う。しかし小松は違った。ここにいる他の隊士達も違うんだろう」
 これは《闇戦国》の中での新しい形といえた。
 怨将の元に集まるのではなく、個人が個人であるための集団。家名も、大義名分も、ここでは不要なのだ。
「ならばあなたはどうなんだ?あなたはいったい何の理由があって、ここでこんな生活をしているんだ?」
 人の魂は輪廻転生を繰り返すもの。換生者の自分が言うのもおかしいが、それが世界の理だ。
 転生に逆らうのなら、それなりの理由がなければならない(理由があるからといって許されるわけではないが)。それを知りたかった。天満の理由を知ることは、赤鯨衆に対する理解を深めることのように思えた。
「神官というのは寺坊主のようなことを言うがか」
 黙って訊いていた天満は、静かにそう言った。
 そして、まだわずかだけ山の裾に顔を見せている夕陽に体を向けた。
「私は土佐勤王党の一員じゃった」
「勤王党……」
「ほうじゃ」
 勤王党のメンバーが多くいることは聞いていた。尊王攘夷の嵐の波間に砕け散った土佐の志士達。不意にあの幕末の頃の空気が蘇る。独特の匂いのする時代だった。景虎との長い離別の末、再会した頃でもある。
「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき」
 天満が突然、詠み上げた。
「おんしは、この句をどう解釈する?」
 それは、直江にも聞き覚えがあった。幕末に人斬りとして名を馳せた岡田以蔵という人物の、辞世の句だ。直江に面識がある訳ではない。しかし後に文献や小説などで目にする機会があった。
 覚えている限りの解釈では、"君"というのは勤王党の首である武市のことを指すというものもあれば、天皇をいうのだというものもあったはずだ。"澄み渡ったもの"が何であったのか、そこも諸説あるだろう。
 だが、直江の目で見るならば。
「彼は執着を捨てて、自由になったということだろう」
 直江のように、水の泡にこそ拘り続けている人間からすれば、正反対の心情だ。
 天満は大きく頷いた。 
「ほうじゃ」
 刻々と暗くなっていく空のせいで、天満がどんな表情をしているのか、読み取れない。
「岡田の心は澄み渡った。だからすんなりと逝けたがじゃ。比べてわしは、澄み渡るなんちゅう心境とは程遠いところで死んでしもうた」
 天満は顔を見せないままだ。
「わしは病死じゃった」
 声の調子は怖いくらいに変わらない。
「何とも煮え切らん最期じゃった。野根山にも参加出来んかったがじゃ」
 野根山とは、勤王党の弾圧が進み武市が投獄された後、23人の志士達が野根山で挙兵した事件のことだ。
「理由はたぶん、そのことじゃ。わしは、潔く死にたかったんちや。澄んだ心で死にたかったんちや」
 やっと、天満が振り向いた。
「実はな、わしの身分も本来なら岡田と同じ足軽じゃった。しかし親の代でなけなしの金をはたいて"郷士"を買うたんじゃ。実は武市さんにくっついて、かの士学館に出入りさせてもらっちょったこともある」
 士学館とは土佐にあった剣術の道場のことだ。
「岡田とも親しかったのか?」
「親しいちゅう程ではなかったがのう。家も近かったし、わしはよく思っていたきに、話はしちょったよ。ただ岡田はあれだけの働きをしておりながら、党内であまりいい評価は受けちょらんかった。岡田ちゅう男はな、そりゃあ賢くは無かったが………、わしは死んでもええ人間ちゅうのはおらんと思うちょるからのう」
 勤王党の仲間達が次々と捕まる中、やはり同じく捕らえられた以蔵の獄中生活には、ある曰くがある。
 以蔵の自白を恐れた仲間が以蔵を毒殺しようとし、その裏切りを知った以蔵は拷問に耐える事を止めて自白を決意した、というものだ。
 もちろん、真相ははっきりとはしていない。
 毒殺の話自体も、武市が命令を下したとか、獄外の仲間内で持ち上がった計画だったとか、服毒自殺した党員がいたことからのデマだったという話もある。
「わしも本当のところはわからん。しかし、武市さんは岡田を蔑んじょった。他の者もほうじゃ。岡田は岡田でそのことに気づいちょったと思う。牢に入れられ、獄死者が出るほどのひどい拷問を受け、それでも嫌われちょる人間のために口を割らずにいられるもんなんちゃああらせん」
 以蔵は結局、斬首刑となり晒し首の扱いを受けた。その以蔵の自白が決定的となり、武市も切腹を命ぜられて息絶えている。
「武市さんは本当にすばらしい方じゃった。そのすばらしい方でも岡田の心を掴めんかっために命を落としたと言っていい」
 天満の顔が皺の多い笑顔を刻んだ。
「人の世は本当に面白い。生きちゅう頃はこんな風に考えもできんかった。ただ自分のことばかりじゃった。しかし赤鯨衆で色んな人間と出会い、わしはいつまでも人の心を見ていたいと思うようになった」
 冷たい風が二人の間を吹き抜けて、天満は作業着の襟をかき合わせた。
「確かに草間さんや嘉田さんのように己の目的がはっきりしちょるひとらはみていて気持ちがええ。しかしここにおる死に切れんかった理由もはっきりせん連中が、目的を持ち始める様子を見ちゅうのもまたええ。いつかわしも自分の目的をみつけて澄んだ心で逝く時が来るんじゃないんかと想像しちょったりしてな」
 天満は天を仰いだ。
「もちろん永遠にこのままではおられんことはわかっちょる。けれど今はどうしても潔い死に様より、この人の世におり続けることのほうがええと思われて仕方がないんちや。やきに、今は自分の心を知りゆう時間じゃと思うことにしちょる。赤鯨衆ちゅう場がある限り、わしはそうしておってええんじゃと思っちょる」
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アンディスカバード エクスプロイト
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01         更新日2009年09月04日
02         更新日2009年09月11日
03  04      更新日2009年09月18日
05  06  07  更新日2009年09月25日
08  09  10  更新日2009年10月3日
11  12      更新日2009年10月9日
13  14  15  更新日2009年10月16日
        










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