アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
天満健造は資金物資調達部門の一隊を任されている男で、赤鯨衆結成当時からいる古株だ。
なんでも、赤鯨衆の資金の殆どをこの一隊の稼ぎで賄っているらしい。
今回は、明後日の作戦に必要な物資を緊急で調達してもらったとかで、直江は天満からそれを受け取って出来る限り早く砦に戻るよう言われている。
一蔵から聞いていた資金調達の手段からして、きっと"アウトロー"とか"その筋"という言葉の似合う人物に違いないなど想像しつつ、目的地へと到着した。
拠点となっている施設も組事務所のようなものを勝手にイメージしていたのだが、そこにあったのは学校の体育館ほどの大きさの、年季の入った建物だった。
日吉砦のように、大人数での利用を前提としたおそらく公的に建てられたであろうとわかる造り。
赤鯨衆の施設を目にするのはこれが二つ目だが、両方とも、使われていなかった建物を再活用しているのは明らかだ。もしかしたら台所事情はかなり厳しいのではないだろうか。それなら敵方の輸送車奪取に精をだす理由もわかる。
また、直江のような新参を安易に送り込んでしまう理由も解った気がした。もし直江がスパイだとしても、資金稼ぎの主力部隊がこんな様子では、叩こうとも思わないからだ。
カララ、と入り口の引き戸をあけて、直江は思わず固まった。
(何だ)
入ってすぐ、いくつか置かれている広い作業台が目に入った。それぞれ、中年の女性達が紙袋の検品やシール貼りなどのグループに別れて作業をしている。
まさかこんな内職のようなもので資金稼ぎをしているのだろうか。
直江が無言で立ち尽くしていると、作業台の奥の方に並んでいたパーテーションの奥から、子供が飛び出してきた。
その後ろから、老人の声が飛ぶ。
「こらあ、大地!そっちいったらまぎるき、こっちに来ちょき!」
半透明のパーテーションを挟んで向こう側は、まるで託児所と老人ホームがひとつになったかのようだ。
子供らが数人遊んでおり、その脇では老人たちがお茶をすすっている。
「あらあら、今日来られるちゅうてた、"本社"の方?」
検品作業をしていた女性のひとりがようやく直江に気付いて、ニコニコと近づいてきた。
その人懐っこい笑顔をみてぎょっとした。
(どういうことだ?)
憑依されていないのだ。
換生者でもない、まるっきりの現代人だ。室内を見回してみると、憑依霊がひとりもいないことに気付いた。もしかして、来る場所を間違えたのだろうか?
「天満という男と約束があるんですが」
一般の人ならば、と思わず敬語になる。
「今は皆、裏の畑にいっちゅうきに、まだしばらくは戻らんですよ」
やはり、この場所で間違いはないらしい。もしかして、民間の施設か何かに間借りでもしているのだろうか。
「こちらで少し待っちょって頂いたら」
「いえ、直接畑のほうへ行ってみます」
裏に回ればすぐわかりますから、という女性の言葉に従って、直江は外へ出た。
女性の言うとおり、建物の裏には広々とした畑が広がっていた。結構な規模だ。
作業服姿の人物が数名、畑仕事をしている。こちらは全員、憑依が認められた。
間借りの条件が農作業の手伝い、といったことを想像しつつ近づいていくと、手前の方で草をむしっていた人物が手を止めて立ち上がった。
随分歳のいった人物だ。
「おうおう。来られたか」
男は土佐人らしい親しげな笑顔を浮かべながら右手をあげた。
どうやらこれが天満のようだ。深く刻まれた皺のせいか、白髪交じりの頭のせいか、印象は思った以上に柔らかいものだった。
「宮本からいわれてきた、橘だ」
「聞いちょるよ、神官殿。遠いとこ、ご苦労さま。しかしな、リストの全部はまだ揃うちょらんがよ」
そういいながら、何故かポケットから軍手を出して、直江に手渡した。
「今、隊の者が街まで行って調達しちょる。戻るまで草でもむしっちょったらええ。土いじりは人の心を豊かにするちや」
直江は受け取った軍手を見つめたが、手に嵌めることはせず、ぐるりとあたりを見回した。
日吉砦の宿体は皆一様に若い男性だったが、ここの霊たちの宿体は、年配の者もいれば女性もいる。いずれも畑仕事に没頭しているようだ。
「彼らは隊士なのか?」
「ほうじゃ」
「農作業なんか手伝っていて、資金調達のほうは大丈夫なのか?」
「手伝うとるわけじゃあない。これがわしらの仕事じゃ」
「……この畑は赤鯨衆のものなのか」
間借りをしている訳ではないようだ。
「ほうじゃ。食料調達の一環がやき、さっきも言うたが土いじりは心にええでね。ここの野菜はそんじょそこらのものは違う。これを食うて栄養をつけちゅうきに、前線の隊士供も戦に勝てるがよ」
天満は再びしゃがみこむと、雑草をむしりだした。
「では、あの人たちは何だ。現代人だろう?」
直江は建物を示しながら言う。
「彼女たちにやらせている作業も資金調達の一環か?お前たちは現代人に仕事を手伝わせているのか?」
質問攻めにする直江に対して、天満は豪快に笑った。
「自分のことは棚に上げて何を言うちょる。おんしも現代人じゃろうが。ま、あん人たちは赤鯨衆のことは何も知らんがの。野菜を交換してるうちに仲良いくなって、皆仕事が無いゆうもんやき、わしらで元締めみたいなことを始めたがよ」
赤鯨衆の活動とは全く関係なく、株式会社まで立ち上げたそうだ。
「まるで慈善事業だな」
「昔の赤鯨衆……いや、まだ赤鯨衆と名乗る前は、こがな風じゃったんじゃ。戦などせん、近所の人らとの交流もあった。生活しゆう為の共同体のようなもんじゃった」
"古き良き赤鯨衆"とでもいうのだろうか。一蔵のいた頃の話だから少しは知っている。
「戦闘は嫌いか?」
甘いな、と内心思う。
「そうは言うちょらん。ただ、戦をしゆうことがさほど重要とは思わんちゅうことじゃ。戦は手段であって目的じゃあない。違うか?わしの中には今、戦をする目的ちゅうもんがない」
その言葉は直江の心に小さな波紋を作った。
なんでも、赤鯨衆の資金の殆どをこの一隊の稼ぎで賄っているらしい。
今回は、明後日の作戦に必要な物資を緊急で調達してもらったとかで、直江は天満からそれを受け取って出来る限り早く砦に戻るよう言われている。
一蔵から聞いていた資金調達の手段からして、きっと"アウトロー"とか"その筋"という言葉の似合う人物に違いないなど想像しつつ、目的地へと到着した。
拠点となっている施設も組事務所のようなものを勝手にイメージしていたのだが、そこにあったのは学校の体育館ほどの大きさの、年季の入った建物だった。
日吉砦のように、大人数での利用を前提としたおそらく公的に建てられたであろうとわかる造り。
赤鯨衆の施設を目にするのはこれが二つ目だが、両方とも、使われていなかった建物を再活用しているのは明らかだ。もしかしたら台所事情はかなり厳しいのではないだろうか。それなら敵方の輸送車奪取に精をだす理由もわかる。
また、直江のような新参を安易に送り込んでしまう理由も解った気がした。もし直江がスパイだとしても、資金稼ぎの主力部隊がこんな様子では、叩こうとも思わないからだ。
カララ、と入り口の引き戸をあけて、直江は思わず固まった。
(何だ)
入ってすぐ、いくつか置かれている広い作業台が目に入った。それぞれ、中年の女性達が紙袋の検品やシール貼りなどのグループに別れて作業をしている。
まさかこんな内職のようなもので資金稼ぎをしているのだろうか。
直江が無言で立ち尽くしていると、作業台の奥の方に並んでいたパーテーションの奥から、子供が飛び出してきた。
その後ろから、老人の声が飛ぶ。
「こらあ、大地!そっちいったらまぎるき、こっちに来ちょき!」
半透明のパーテーションを挟んで向こう側は、まるで託児所と老人ホームがひとつになったかのようだ。
子供らが数人遊んでおり、その脇では老人たちがお茶をすすっている。
「あらあら、今日来られるちゅうてた、"本社"の方?」
検品作業をしていた女性のひとりがようやく直江に気付いて、ニコニコと近づいてきた。
その人懐っこい笑顔をみてぎょっとした。
(どういうことだ?)
憑依されていないのだ。
換生者でもない、まるっきりの現代人だ。室内を見回してみると、憑依霊がひとりもいないことに気付いた。もしかして、来る場所を間違えたのだろうか?
「天満という男と約束があるんですが」
一般の人ならば、と思わず敬語になる。
「今は皆、裏の畑にいっちゅうきに、まだしばらくは戻らんですよ」
やはり、この場所で間違いはないらしい。もしかして、民間の施設か何かに間借りでもしているのだろうか。
「こちらで少し待っちょって頂いたら」
「いえ、直接畑のほうへ行ってみます」
裏に回ればすぐわかりますから、という女性の言葉に従って、直江は外へ出た。
女性の言うとおり、建物の裏には広々とした畑が広がっていた。結構な規模だ。
作業服姿の人物が数名、畑仕事をしている。こちらは全員、憑依が認められた。
間借りの条件が農作業の手伝い、といったことを想像しつつ近づいていくと、手前の方で草をむしっていた人物が手を止めて立ち上がった。
随分歳のいった人物だ。
「おうおう。来られたか」
男は土佐人らしい親しげな笑顔を浮かべながら右手をあげた。
どうやらこれが天満のようだ。深く刻まれた皺のせいか、白髪交じりの頭のせいか、印象は思った以上に柔らかいものだった。
「宮本からいわれてきた、橘だ」
「聞いちょるよ、神官殿。遠いとこ、ご苦労さま。しかしな、リストの全部はまだ揃うちょらんがよ」
そういいながら、何故かポケットから軍手を出して、直江に手渡した。
「今、隊の者が街まで行って調達しちょる。戻るまで草でもむしっちょったらええ。土いじりは人の心を豊かにするちや」
直江は受け取った軍手を見つめたが、手に嵌めることはせず、ぐるりとあたりを見回した。
日吉砦の宿体は皆一様に若い男性だったが、ここの霊たちの宿体は、年配の者もいれば女性もいる。いずれも畑仕事に没頭しているようだ。
「彼らは隊士なのか?」
「ほうじゃ」
「農作業なんか手伝っていて、資金調達のほうは大丈夫なのか?」
「手伝うとるわけじゃあない。これがわしらの仕事じゃ」
「……この畑は赤鯨衆のものなのか」
間借りをしている訳ではないようだ。
「ほうじゃ。食料調達の一環がやき、さっきも言うたが土いじりは心にええでね。ここの野菜はそんじょそこらのものは違う。これを食うて栄養をつけちゅうきに、前線の隊士供も戦に勝てるがよ」
天満は再びしゃがみこむと、雑草をむしりだした。
「では、あの人たちは何だ。現代人だろう?」
直江は建物を示しながら言う。
「彼女たちにやらせている作業も資金調達の一環か?お前たちは現代人に仕事を手伝わせているのか?」
質問攻めにする直江に対して、天満は豪快に笑った。
「自分のことは棚に上げて何を言うちょる。おんしも現代人じゃろうが。ま、あん人たちは赤鯨衆のことは何も知らんがの。野菜を交換してるうちに仲良いくなって、皆仕事が無いゆうもんやき、わしらで元締めみたいなことを始めたがよ」
赤鯨衆の活動とは全く関係なく、株式会社まで立ち上げたそうだ。
「まるで慈善事業だな」
「昔の赤鯨衆……いや、まだ赤鯨衆と名乗る前は、こがな風じゃったんじゃ。戦などせん、近所の人らとの交流もあった。生活しゆう為の共同体のようなもんじゃった」
"古き良き赤鯨衆"とでもいうのだろうか。一蔵のいた頃の話だから少しは知っている。
「戦闘は嫌いか?」
甘いな、と内心思う。
「そうは言うちょらん。ただ、戦をしゆうことがさほど重要とは思わんちゅうことじゃ。戦は手段であって目的じゃあない。違うか?わしの中には今、戦をする目的ちゅうもんがない」
その言葉は直江の心に小さな波紋を作った。
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undiscovered exploit