アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
「ど、どういうことだ」
すっかり怯えきった顔で説明を求める小松に、天満は事情を話した。
「おんしを穏便に排除すること。全てはそのための計画だったんじゃ」
やはり、ここ数日小松へと流れてきた情報は統制された偽情報だったのだ。更に盗聴やクラッキングで小松の売買状況を把握し、市場の流れが小松に損を与えるよう操作し続けた。そしてその損の分を吸い上げるようにして、天満も田中たちはかなりの儲けを得られたのだ。
「なんてことを……!」
「例の組の者どもも、おんしに預けた分以上の額を取り戻しておるはずやき、文句は言うてこまい。わしはわしで当分の資金がなんとかなるくらいの金は手に入れた」
「こっちの損はどうするんだ!」
「おんしの懐に溜め込んだ金をあてがえばマイナスにはならんじゃろう。いやぁ、おんしも随分と貯めこんだのう」
実は小松には隠し口座があることも、その残高までも解っている。
小松はふらふらとその場に座り込んだ。
「こんなことあんたに出来るわけがないな。誰の入れ知恵だ?」
「……………」
「……橘か?」
天満は黙って頷いた。
くそっと小松は舌打ちをして、頭を抱え込んだ。
「そういうつもりで送り込んだんだな……っ」
しばらくそこで激しい後悔の念に苛まれていた小松は、ふと思い出したように言った。
「……ヒロキはどうなった」
「橘が山神の術で憑坐から追い出したと聞いた。浄化も見届けたそうだ」
「そんな………」
これは相当ショックだったらしい。おもむろに眼鏡を外した小松は、背中を丸めてうなだれてしまった。
「なあ。俺たち、持ちつ持たれつでうまくいってただろ……。何で壊しちまったんだ……」
「何を言うとるんじゃ。おんしはあのヤクザ者どもから相当恨みをかっていたじゃろう。トラブれば諜報班におんしがヤクザもんとつるんでたことも、金を貯めこんでたこともバレとったに決まっちょる」
わしだってどんな処分を受けていたかわからん、と天満は自分の首を指差した。
「まあ、正直わしもうまくまわっちょると思っていたがな。まずいことはわかっちょったが、これ以外に手段はないんじゃと自分に言い訳しちょった。けどな、橘に言われて気付いた。わしは生活すること、つまり"手段"そのもの流されちょったことにな」
椅子を持ち出してきて小松の隣に腰掛けた天満は、両の手を組んだ。小松のほうはよく解らないといった顔で聞いている。
「前線で戦うちょる者どもと、おんしが何故上手くいかんかったか、やっと解った。目的を見据える心の熱さに温度差があったやき、馴染めんかったんじゃろ」
「………言ってる意味がわかんないよ」
首を振る小松に天満は笑いかける。
「おんしは金を溜め込んで何がしたかったが?」
「何って………」
「どうしても叶えたい目的など、持っちょらんのだろう?そもそも、どうしてこの世に残ったが?」
実はそのことは天満も聞いたことがなかった。小松はまだ誰にも話したことがなかったのだ。
「その時の気持ちはどうなった。忘れてしもうたがか?」
「……別に俺はこの世に未練なんてないつもりだった。いつも早く死んで楽になりたいと思ってたからな」
「ほう」
それはつまり自殺したということか。天満が訊くと、
「いや、過労死ってやつだな」
小松は手にした眼鏡を手持ち無沙汰でいじっている。
「まあ、つまんねー人生だったよ」
都内の大学を出、証券会社に勤め始めた小松は、バブルの波に押され日々増えていくノルマに肉体も精神も病みきっていった。
「つらいくせに辞める勇気もなかったんだな。毎日死ぬことばかり考えてた。そんである時、疲れて帰って布団に入って、そのまま目が覚めなかったんだ」
死因は心臓麻痺だったらしい。父親もその父親も昔から心臓が弱かったから、遺伝的なものもあったのかもしれない。
「なんでこの世に残ったのかは解らない」
というより、死んですぐの頃には死んだことにすら気付いていなかった。
「けど、この身体を手に入れた時は、これは新しい人生をはじめるチャンスだと思ったんだよ。馬鹿な生き方しかできなかった自分がくやしくて、今度は世の中を上手く渡ってやろうと思った。楽に稼いで、いい飯食って、いいとこに住んでさ。何かを思いつめたり、苦しんだりはしたくないって」
けれど、結局また失敗した。うつむいた小松の眼には光るものが溜まっている。
「………多分、人生って言うのはさ、絶対に満足出来ないようになってるんだよ」
「そがいなことはない」
顔を上げた小松は、即座に否定した天満の顔をみつめた。
「わしは、不器用な生き方しかできんかったくせに、澄んだ心で死んだ者を知っちょる。同郷の者からひどい仕打ちを受け、志半ばでそれでも未練なく立派に死んだ人も知っちょる」
「……そんなの俺には無理だ」
「諦めるのは簡単じゃ」
直江が言った言葉を天満は言った。
「でもおんしはまだ終わっちょらん。今からでも、決して遅くはない」
力強く言った。
「おんしに才能があるのは認めちょる。今回は手段を間違えたんじゃ。まずは目的を見つけるとええ。その後、才能を生かす道を探してみたらええ」
小松は再び首を振っている。
「どうせこのままでいたところで、浄化もできん。時間だけは限りなくある。ここで諦めたらとことん堕ちていきゆうだけじゃ」
「……なら、あんたはこれからどうするんだ?自分が中途半端だって、気付いたってことだろ。今から前線に出向いて行って、命をかけて戦いでもするのか?」
「目的がなければそがいなことをしちょっても意味がないき。しばらくは、おんしのような浄化をしたいともしたくないとも思わないような者らの居場所を作りたいと思うちょる。それから、今生きちょる人らが、自分のような中途半端な死を遂げないように、忠告できたらとも思うちょる」
「忠告?」
「ほうじゃ。わしらのようにならんために、澄んだ心で死んでゆけるように、手伝うちゃるんじゃ」
「………だからあんた、じーさんばーさんばっか相手にしてるのか」
「あん人らはわしの助けなどいらん人らやき」
笑った後で、天満は自分に言い聞かせるように言った。
「燃えるような心がなくとも、戦わずにはいられないような衝動がなくとも、生きている限りはあがくことをやめるつもりはあらん。もしかしたらあがくことをやめないことこそが、わしにとっては生きるということなのかもしれんな」
黙り込んだ小松を横目に見て、天満は立ち上がった。
「橘の言うように、一度死んでいるからこそわかることがあるもんじゃの」
「………橘は生き人だからそんな風に思うんだ」
「いや、あの男はわしらと一緒なのかもしれん」
椅子を片付けながら小松に背を向けて、最後は呟くように言った。
「あがき続けている男なのかもしれん」
すっかり怯えきった顔で説明を求める小松に、天満は事情を話した。
「おんしを穏便に排除すること。全てはそのための計画だったんじゃ」
やはり、ここ数日小松へと流れてきた情報は統制された偽情報だったのだ。更に盗聴やクラッキングで小松の売買状況を把握し、市場の流れが小松に損を与えるよう操作し続けた。そしてその損の分を吸い上げるようにして、天満も田中たちはかなりの儲けを得られたのだ。
「なんてことを……!」
「例の組の者どもも、おんしに預けた分以上の額を取り戻しておるはずやき、文句は言うてこまい。わしはわしで当分の資金がなんとかなるくらいの金は手に入れた」
「こっちの損はどうするんだ!」
「おんしの懐に溜め込んだ金をあてがえばマイナスにはならんじゃろう。いやぁ、おんしも随分と貯めこんだのう」
実は小松には隠し口座があることも、その残高までも解っている。
小松はふらふらとその場に座り込んだ。
「こんなことあんたに出来るわけがないな。誰の入れ知恵だ?」
「……………」
「……橘か?」
天満は黙って頷いた。
くそっと小松は舌打ちをして、頭を抱え込んだ。
「そういうつもりで送り込んだんだな……っ」
しばらくそこで激しい後悔の念に苛まれていた小松は、ふと思い出したように言った。
「……ヒロキはどうなった」
「橘が山神の術で憑坐から追い出したと聞いた。浄化も見届けたそうだ」
「そんな………」
これは相当ショックだったらしい。おもむろに眼鏡を外した小松は、背中を丸めてうなだれてしまった。
「なあ。俺たち、持ちつ持たれつでうまくいってただろ……。何で壊しちまったんだ……」
「何を言うとるんじゃ。おんしはあのヤクザ者どもから相当恨みをかっていたじゃろう。トラブれば諜報班におんしがヤクザもんとつるんでたことも、金を貯めこんでたこともバレとったに決まっちょる」
わしだってどんな処分を受けていたかわからん、と天満は自分の首を指差した。
「まあ、正直わしもうまくまわっちょると思っていたがな。まずいことはわかっちょったが、これ以外に手段はないんじゃと自分に言い訳しちょった。けどな、橘に言われて気付いた。わしは生活すること、つまり"手段"そのもの流されちょったことにな」
椅子を持ち出してきて小松の隣に腰掛けた天満は、両の手を組んだ。小松のほうはよく解らないといった顔で聞いている。
「前線で戦うちょる者どもと、おんしが何故上手くいかんかったか、やっと解った。目的を見据える心の熱さに温度差があったやき、馴染めんかったんじゃろ」
「………言ってる意味がわかんないよ」
首を振る小松に天満は笑いかける。
「おんしは金を溜め込んで何がしたかったが?」
「何って………」
「どうしても叶えたい目的など、持っちょらんのだろう?そもそも、どうしてこの世に残ったが?」
実はそのことは天満も聞いたことがなかった。小松はまだ誰にも話したことがなかったのだ。
「その時の気持ちはどうなった。忘れてしもうたがか?」
「……別に俺はこの世に未練なんてないつもりだった。いつも早く死んで楽になりたいと思ってたからな」
「ほう」
それはつまり自殺したということか。天満が訊くと、
「いや、過労死ってやつだな」
小松は手にした眼鏡を手持ち無沙汰でいじっている。
「まあ、つまんねー人生だったよ」
都内の大学を出、証券会社に勤め始めた小松は、バブルの波に押され日々増えていくノルマに肉体も精神も病みきっていった。
「つらいくせに辞める勇気もなかったんだな。毎日死ぬことばかり考えてた。そんである時、疲れて帰って布団に入って、そのまま目が覚めなかったんだ」
死因は心臓麻痺だったらしい。父親もその父親も昔から心臓が弱かったから、遺伝的なものもあったのかもしれない。
「なんでこの世に残ったのかは解らない」
というより、死んですぐの頃には死んだことにすら気付いていなかった。
「けど、この身体を手に入れた時は、これは新しい人生をはじめるチャンスだと思ったんだよ。馬鹿な生き方しかできなかった自分がくやしくて、今度は世の中を上手く渡ってやろうと思った。楽に稼いで、いい飯食って、いいとこに住んでさ。何かを思いつめたり、苦しんだりはしたくないって」
けれど、結局また失敗した。うつむいた小松の眼には光るものが溜まっている。
「………多分、人生って言うのはさ、絶対に満足出来ないようになってるんだよ」
「そがいなことはない」
顔を上げた小松は、即座に否定した天満の顔をみつめた。
「わしは、不器用な生き方しかできんかったくせに、澄んだ心で死んだ者を知っちょる。同郷の者からひどい仕打ちを受け、志半ばでそれでも未練なく立派に死んだ人も知っちょる」
「……そんなの俺には無理だ」
「諦めるのは簡単じゃ」
直江が言った言葉を天満は言った。
「でもおんしはまだ終わっちょらん。今からでも、決して遅くはない」
力強く言った。
「おんしに才能があるのは認めちょる。今回は手段を間違えたんじゃ。まずは目的を見つけるとええ。その後、才能を生かす道を探してみたらええ」
小松は再び首を振っている。
「どうせこのままでいたところで、浄化もできん。時間だけは限りなくある。ここで諦めたらとことん堕ちていきゆうだけじゃ」
「……なら、あんたはこれからどうするんだ?自分が中途半端だって、気付いたってことだろ。今から前線に出向いて行って、命をかけて戦いでもするのか?」
「目的がなければそがいなことをしちょっても意味がないき。しばらくは、おんしのような浄化をしたいともしたくないとも思わないような者らの居場所を作りたいと思うちょる。それから、今生きちょる人らが、自分のような中途半端な死を遂げないように、忠告できたらとも思うちょる」
「忠告?」
「ほうじゃ。わしらのようにならんために、澄んだ心で死んでゆけるように、手伝うちゃるんじゃ」
「………だからあんた、じーさんばーさんばっか相手にしてるのか」
「あん人らはわしの助けなどいらん人らやき」
笑った後で、天満は自分に言い聞かせるように言った。
「燃えるような心がなくとも、戦わずにはいられないような衝動がなくとも、生きている限りはあがくことをやめるつもりはあらん。もしかしたらあがくことをやめないことこそが、わしにとっては生きるということなのかもしれんな」
黙り込んだ小松を横目に見て、天満は立ち上がった。
「橘の言うように、一度死んでいるからこそわかることがあるもんじゃの」
「………橘は生き人だからそんな風に思うんだ」
「いや、あの男はわしらと一緒なのかもしれん」
椅子を片付けながら小松に背を向けて、最後は呟くように言った。
「あがき続けている男なのかもしれん」
PR
アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit