アンディスカバード エクスプロイト
undiscovered exploit
今のままでは説得を受け入れないであろう小松には、作戦立てて説得を試みることにした。同時に暴力団とのトラブルの収拾、今後の赤鯨衆の資金対策までやってしまうつもりだ。
幸いこちらの動きが小松に知れる心配はないから、しばらくは内密に進められる。問題はどうしても必要になる小松側の情報をどれだけ入手できるかにかかっている。
小松がどの銘柄で取引しているのか、それから小松に情報を流している情報筋、小松が資金運用を任されている暴力団の割り出しは特に必須だ。
けれどこれらを自分ひとりで突き止めるのはとてもじゃないけど無理だ。本当ならもう、日吉砦に戻っていなくてはならないのだ。天満がごまかしの連絡を入れてくれてはあるが、直江としては出来る限り怪しまれるような行動は避けたいのだ。赤鯨衆の中枢に最短で近づくために。
仕方なく、直江はある男と連絡をとることにした。
"黒ちゃん"こと情報屋の黒木である。
詳しい事情は伏せたまま、知りたいことだけを簡潔に話すと、人探しより余程やりやすいと喜んで協力してくれた。そしてものの十数分で、小松が資金を扱っている暴力団の身元を、割り出してくれたのである。
「いっ、痛ぇっ!」
襖の間から突き飛ばされるようにして入ってきたのは、昼間小松にヒロキと呼ばれていた若者だった。勢いあまって畳の上に倒れこむ。
そこは勇栄建設という株式会社の持ちビルで、とある暴力団の事務所本部として使われている場所だった。三階の畳敷きの大広間は、今は照明がわずかしか点いておらず、真っ暗に近い。
「俺は貴士だぞ!先代の息子だぞ!こんなことが田中の親父さんに知れたらどうなるかわかってんのかよっ」
"貴士"とはヒロシの憑依する宿体の名だ。先代の忘れ形見である貴士の事を知らない組関係者はいない。
「心配はいらん。その親父からの命令やからな」
関西のものに近いイントネーションで、男の声がした。
暗い部屋で、どこに男がいるのかがわからず、ヒロキはきょろきょろと周囲を見回す。
「す、須田さんっすかっ?ど、どこっすかっ」
組の幹部である須田は、現組長の田中とともに小さい頃から貴士を非常に可愛がってくれている人物、だそうだ。もちろんヒロキにその記憶があるわけではない。人から聞いた話だ。
「なんでこんなことするんですかぁ~?どういうことですかぁ~」
困りきった声で、甘えるように言った。きっとこれで助けてもらえる。
「それはこちらが教えてもらいたいなあ、"ヒロキ"くん」
「へ………っ?」
"ヒロキ"の名を、何故須田が知っているのか。
ぱっと明かりが点いて、呆けたヒロキの顔が明るく照らされた。
部屋の上手側に須田と、随分背の高い男が立っている。その後ろには幹部連中に囲まれて、組長の田中が座っていた。
「な、なんで……」
「催眠術だかなんだか知らんが、別人にさせられたんゆうんはほんまらしいなあ。しかし術を解いてくれるゆうお方がみつかったんや。もう心配ないで、貴士くん」
須田がそう言うと、隣にいた背の高い男が歩み出てきた。
「あんた……」
よく見ると、昼間小松と一緒に喫茶店にいた男だ。その事が判り、ヒロキは安堵の表情を浮かべた。小松からは、この男が小松の所属する「セキゲイシュウ」の人間だと聞かされていた。ヒロキは、自分が「セキゲイシュウ」の為に働いているんだと小松から聞かされている。そしていつか「セキゲイシュウ」の正式メンバーにしてもらうこと。それが小松との約束だった。
だから、目の前の男はどちらかといえば味方側の人間だ。ヒロキを庇いこそすれ、攻撃するはずがない。
男はおもむろに手を合わせると指を複雑に絡め始めた。
その妙な動きを不審そうに、けれどもまだ余裕の表情でみつめていたヒロキの表情が、次の瞬間、凍りつく。
「バイっ!」
ビシィっと身体中の筋肉が妙な音を立てて強張り、急に身体が動かせなくなった。
「………ひぃぃっ!!」
あわててパニック状態になる。
「な、なんなんだこれぇ………っ!!」
身体のどんな場所に力をいれても動かない。最終的には憑依を解いて憑坐から抜け出そうと試みたが、それすら無理だった。
「のうまくさんまんだぼだなん………」
よく響く低い声が部屋に充満する。
「まっ!まってくれ……!!」
よくない事が起こる予感がした。得体の知れない恐怖がヒロキを襲う。
「南無刀八毘沙門天、悪鬼征伐、我に御力与え給え……!」
「ひっいいいい!!」
目を開けていられないほどの眩しい光が男の手に急激に集まった。そして───。
「《調伏》!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
身体がどこかへ引っ張られるような感覚がして、そこでヒロキの意識は完全に途絶えた。
大量の光を受けて倒れこんだ貴士の身体は、気を失ったまま動かない。
「しばらくすれば目を覚ます」
全ての光が収束するのを待って、直江は言った。
「い……今のんは、ほんまに催眠術か……?」
あまりにも不自然な現象に、さすがの男達も強面の顔が引き攣っている。
「似たようなものだ」
直江は素っ気無く言うと、一応の確認の為に貴士の傍へ行って跪き、脈に触れた。
「いったい何が目的なんや」
問う須田の声も若干上擦っている。
「さっきも言っただろう」
貴士の身体に異常がないことを確認し、立ちあがった直江は男達を見回した。
「小松に恨みがあって陥れたいんだ。約束通り、催眠術は解いた。しばらくは言うとおりにしていてもらう」
ひたすらに冷静な直江を、男達は睨みつける。
「恨みつらみだけでここまでせえへんやろ?金のためちゃうか?」
「まあ、それもある」
「………それもある?何や、その言い方は」
明らかに答えをはぐらかしたことで、不信感を抱かせてしまったようだ。
なんだか急に不穏な空気が漂い始めた。
「さっきの話でいくと、こっちには全く損がないやないかぁ」
そんなのは当たり前だ。気持ちよく了承してもらう為に、わざわざそのように計画したのだから。
「ウマい話には必ず裏があるってゆうやんか。信用でけへんわぁ」
今更になってそんなことを言い出した須田に、直江の冷たい視線が刺さる。
「約束は反故にすると?」
「それやったら、どうする?」
須田のその言葉で、室内に緊張が走る。
と、
ビシィッッ
奇妙な音とともに、部屋の中を稲妻のようなものが走った。
息を呑んだ男達の前で、須田の頬に血の筋が出来た。
「な、何や、今のんは……」
直江は無表情のままで、自分がやったとも言わない。その現象がどういうものなのかの説明もない。
それが逆に恐ろしかった。
「もうええ」
皆が黙り込む中、一番に沈黙を破ったのは組長の田中だった。
「値切り交渉は好きやけどな、一度決まったもんを覆すんはみっともないやろ」
ボディーガード風の若い衆を押しのけて、直江の前までやってきた。
「しかし今のんは、明らかに催眠術やないな。あのセキゲイシュウちゅう連中も妙なチカラを使うてた。それはいったい何なんや」
こうやって探りを入れてくるあたり、さすが組のトップだけあってしたたかだ。
「知らないほうがいい」
直江はそれだけを言って、部屋を後にした。
幸いこちらの動きが小松に知れる心配はないから、しばらくは内密に進められる。問題はどうしても必要になる小松側の情報をどれだけ入手できるかにかかっている。
小松がどの銘柄で取引しているのか、それから小松に情報を流している情報筋、小松が資金運用を任されている暴力団の割り出しは特に必須だ。
けれどこれらを自分ひとりで突き止めるのはとてもじゃないけど無理だ。本当ならもう、日吉砦に戻っていなくてはならないのだ。天満がごまかしの連絡を入れてくれてはあるが、直江としては出来る限り怪しまれるような行動は避けたいのだ。赤鯨衆の中枢に最短で近づくために。
仕方なく、直江はある男と連絡をとることにした。
"黒ちゃん"こと情報屋の黒木である。
詳しい事情は伏せたまま、知りたいことだけを簡潔に話すと、人探しより余程やりやすいと喜んで協力してくれた。そしてものの十数分で、小松が資金を扱っている暴力団の身元を、割り出してくれたのである。
「いっ、痛ぇっ!」
襖の間から突き飛ばされるようにして入ってきたのは、昼間小松にヒロキと呼ばれていた若者だった。勢いあまって畳の上に倒れこむ。
そこは勇栄建設という株式会社の持ちビルで、とある暴力団の事務所本部として使われている場所だった。三階の畳敷きの大広間は、今は照明がわずかしか点いておらず、真っ暗に近い。
「俺は貴士だぞ!先代の息子だぞ!こんなことが田中の親父さんに知れたらどうなるかわかってんのかよっ」
"貴士"とはヒロシの憑依する宿体の名だ。先代の忘れ形見である貴士の事を知らない組関係者はいない。
「心配はいらん。その親父からの命令やからな」
関西のものに近いイントネーションで、男の声がした。
暗い部屋で、どこに男がいるのかがわからず、ヒロキはきょろきょろと周囲を見回す。
「す、須田さんっすかっ?ど、どこっすかっ」
組の幹部である須田は、現組長の田中とともに小さい頃から貴士を非常に可愛がってくれている人物、だそうだ。もちろんヒロキにその記憶があるわけではない。人から聞いた話だ。
「なんでこんなことするんですかぁ~?どういうことですかぁ~」
困りきった声で、甘えるように言った。きっとこれで助けてもらえる。
「それはこちらが教えてもらいたいなあ、"ヒロキ"くん」
「へ………っ?」
"ヒロキ"の名を、何故須田が知っているのか。
ぱっと明かりが点いて、呆けたヒロキの顔が明るく照らされた。
部屋の上手側に須田と、随分背の高い男が立っている。その後ろには幹部連中に囲まれて、組長の田中が座っていた。
「な、なんで……」
「催眠術だかなんだか知らんが、別人にさせられたんゆうんはほんまらしいなあ。しかし術を解いてくれるゆうお方がみつかったんや。もう心配ないで、貴士くん」
須田がそう言うと、隣にいた背の高い男が歩み出てきた。
「あんた……」
よく見ると、昼間小松と一緒に喫茶店にいた男だ。その事が判り、ヒロキは安堵の表情を浮かべた。小松からは、この男が小松の所属する「セキゲイシュウ」の人間だと聞かされていた。ヒロキは、自分が「セキゲイシュウ」の為に働いているんだと小松から聞かされている。そしていつか「セキゲイシュウ」の正式メンバーにしてもらうこと。それが小松との約束だった。
だから、目の前の男はどちらかといえば味方側の人間だ。ヒロキを庇いこそすれ、攻撃するはずがない。
男はおもむろに手を合わせると指を複雑に絡め始めた。
その妙な動きを不審そうに、けれどもまだ余裕の表情でみつめていたヒロキの表情が、次の瞬間、凍りつく。
「バイっ!」
ビシィっと身体中の筋肉が妙な音を立てて強張り、急に身体が動かせなくなった。
「………ひぃぃっ!!」
あわててパニック状態になる。
「な、なんなんだこれぇ………っ!!」
身体のどんな場所に力をいれても動かない。最終的には憑依を解いて憑坐から抜け出そうと試みたが、それすら無理だった。
「のうまくさんまんだぼだなん………」
よく響く低い声が部屋に充満する。
「まっ!まってくれ……!!」
よくない事が起こる予感がした。得体の知れない恐怖がヒロキを襲う。
「南無刀八毘沙門天、悪鬼征伐、我に御力与え給え……!」
「ひっいいいい!!」
目を開けていられないほどの眩しい光が男の手に急激に集まった。そして───。
「《調伏》!」
「ぎゃあああぁぁぁ!!」
身体がどこかへ引っ張られるような感覚がして、そこでヒロキの意識は完全に途絶えた。
大量の光を受けて倒れこんだ貴士の身体は、気を失ったまま動かない。
「しばらくすれば目を覚ます」
全ての光が収束するのを待って、直江は言った。
「い……今のんは、ほんまに催眠術か……?」
あまりにも不自然な現象に、さすがの男達も強面の顔が引き攣っている。
「似たようなものだ」
直江は素っ気無く言うと、一応の確認の為に貴士の傍へ行って跪き、脈に触れた。
「いったい何が目的なんや」
問う須田の声も若干上擦っている。
「さっきも言っただろう」
貴士の身体に異常がないことを確認し、立ちあがった直江は男達を見回した。
「小松に恨みがあって陥れたいんだ。約束通り、催眠術は解いた。しばらくは言うとおりにしていてもらう」
ひたすらに冷静な直江を、男達は睨みつける。
「恨みつらみだけでここまでせえへんやろ?金のためちゃうか?」
「まあ、それもある」
「………それもある?何や、その言い方は」
明らかに答えをはぐらかしたことで、不信感を抱かせてしまったようだ。
なんだか急に不穏な空気が漂い始めた。
「さっきの話でいくと、こっちには全く損がないやないかぁ」
そんなのは当たり前だ。気持ちよく了承してもらう為に、わざわざそのように計画したのだから。
「ウマい話には必ず裏があるってゆうやんか。信用でけへんわぁ」
今更になってそんなことを言い出した須田に、直江の冷たい視線が刺さる。
「約束は反故にすると?」
「それやったら、どうする?」
須田のその言葉で、室内に緊張が走る。
と、
ビシィッッ
奇妙な音とともに、部屋の中を稲妻のようなものが走った。
息を呑んだ男達の前で、須田の頬に血の筋が出来た。
「な、何や、今のんは……」
直江は無表情のままで、自分がやったとも言わない。その現象がどういうものなのかの説明もない。
それが逆に恐ろしかった。
「もうええ」
皆が黙り込む中、一番に沈黙を破ったのは組長の田中だった。
「値切り交渉は好きやけどな、一度決まったもんを覆すんはみっともないやろ」
ボディーガード風の若い衆を押しのけて、直江の前までやってきた。
「しかし今のんは、明らかに催眠術やないな。あのセキゲイシュウちゅう連中も妙なチカラを使うてた。それはいったい何なんや」
こうやって探りを入れてくるあたり、さすが組のトップだけあってしたたかだ。
「知らないほうがいい」
直江はそれだけを言って、部屋を後にした。
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